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DJM-V10 Engineer Interview

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Pioneer DJ “DJM-V10” Engineer Interview

  • Text & Interview : Hiromi MatsubaraPhoto : Shotaro Miyajima

  • 2020.4.15

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Japanese / English
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複数チャンネルで音を重ねることを可能にする4バンドEQと、

“ナチュラル”に混ぜ合わせることができる“気持ち良い”マスターアイソレーター

 

 

 

ーーDJM-V10は、〈Pioneer DJ〉のDJミキサーとしては初めての4バンドEQと、2005年に発売されたDJM-1000ぶりにMASTER ISOLATORを搭載しています。DJM-900NXS2をはじめ、直近のモデルはEQとISOLATORをスイッチで切り替える仕様でしたが、改めて分離することになった経緯を教えていただけますか?

 

モンペティ:まず、DJスタイルの多様性が広がるに伴って、“より沢山の音源を組み合わせたプレイをする”となると、3バンドEQでは細かい調整ができないという意見が出てきたんです。例えば、“キックの低い胴鳴りは消したいけどアタックは強調したい”といったことが従来の3バンドEQではできないので、4バンドEQに細分化して、もっと細かく調整できるようにしました。それによって、単純に2曲をミックスするだけではなくて、更に3チャンネル、4チャンネルも使って、音をレイヤリングすることが可能になるというのもポイントとしてはありますね。そして今度は、綺麗なバランスでレイヤリングしたところで“一気に低音を抜きたい”や、“高音部分だけ少し持ち上げたい”など、全体的に変化を加えたいとなった時に何が必要かを考えて、マスターにアイソレーターを導入することになりました。それから、実際にどういう風に帯域を分けて、それぞれの周波数帯域の次数をどう設定するかを詰めていきました。なので、経緯としては、DJスタイルの多様化に合わせて変える必要のあるところを考えていった、という感じです。

 

ーーまず、これまでの3バンドEQから4バンドEQに変化して、周波数帯域はどのように変化したのですか?

 

小泉:今までの3バンドEQの場合は、LOWを切るとキックとベースが両方とも切れてしまっていたんですけど、DJM-V10の4バンドEQでは、“LOWでキック”、“LOW MIDでベースやシンセ音”、“HI MIDでクラップ”、“HIでハイハット”をコントロールできるような帯域に分かれています。

 

ーーMASTER ISOLATORはどのように研究と開発を進めていったのですか?

 

小泉:まずは色んなDJプレイを聴くところから始めましたね。それから、この数年でマスターにアイソレーターが付いているDJミキサーが少しずつ増えているんですけど、アイソレーターを聴いた時のデータも残っていたりしたので、そういったものを全部比較しました。チームのメンバーだけでなく、社内の有識者や、普段DJをする時にアイソレーターを使っている人に触って音を聴いてもらって、どれが良いかを選んでもらって、まずはその選ばれたものを参考に試作をしました。その試作を基点に、周波数やフィルターのカーブの次数、プラス側もどのぐらいまでいけるようにするのかなど、かなり細かく刻んで調整して、また社内の人に触って聴いてもらって……というのを何度も繰り返しながら最終地点を決めていった、という流れですね。決めるにあたっては、DJプレイ中にアイソレーターを使った時に音が心地良く聴こえて、かつDJ自身が使っていて楽しいと感じられるようなパラメーターにすることを意識しました。

 

技術統括部 ファームウェア設計部 ミキサー課 小泉さん

 

モンペティ:いま小泉さんが仰った色んなミキサーを一度スタジオにズラッと並べて、皆で触ったんですよ。その時はフラットな気持ちで触ってみて「これが気持ち良いね」って意見出し合って、一度持ち帰ってから“なんでこれが気持ち良いのか”を計測してみて、それを元にまた集まって聴いて、という感じでした。幸い、社内にアイソレーターを使うDJが数名いたので、その人たちにも来てもらって、触って聴いてもらって、リアルな意見をもらうこともできましたね。DJM-1000に搭載されているアイソレーターが+6までだったので、試作品を作っている時は“今回も+6にしようか”という話をしていたんですけど、ハウスのDJがよくヴォーカルを強調させるためにMIDのアイソレーターをリズミカルに動かしてトレモロさせるんですけど、その時に+6だと最後のひと押しが足りないらしくて。それを受けて、+9にしてみたら「これこれ!」って反応がもらえて、それでDJM-V10では最終的に+9にしたんですよ。でも他社のDJミキサーを見てたら、+18とかありましたよね(笑)。

 

小泉:あったね(笑)。「これは凄そうだね」って言いながら、一応試してみたんですけど、「音がデカ過ぎて無理!」ってなったんですよ。

 

 

 

菅井:アイソレーター使いの上手い人は+18でもちゃんと振れるんですけど、このDJM-V10のインターフェースでそれが出来るかと言われたら、決してそうではないので、そういう部分も考慮して+9にしましたね。

 

小泉:今回はかなり研究しましたね。DJM-1000開発のために研究していたのは2004年頃になるんですが、その当時に比べて、いまアイソレーターがどういう風に使われているかを見ると、どうも昔ながらの使い方ではなくなっている部分もあったんですね。実際に開発メンバーで試聴を重ねながら、DJM-1000の仕様だと“使いづらいんじゃないか”という話にもなったので、今回は一新することを決めました。

 

 

 

モンペティ:次数に関して言うと、DJM-900NXS2のEQ CURVE切り替えスイッチをISOLATORにして使うと凄くパキッと切れるんですね。実際、そこに対しては、曲と曲をミックスする時にパキッと切れて嬉しいという声もあったので、DJM-V10の4バンドEQでもLOWとHIは−∞まで切れるようにしているんですけど、アイソレーターの切れ方に関しては、他の機種を触っていく中でまた感覚が別なのかなと思いました。それで、使っていて“気持ち良い”と感じるアイソレーターを徹底的に調べたら、次数が緩やかだったんです。今回のMASTER ISOLATORは、それを踏まえて次数の調整をしたので、4バンドEQと組み合わせて使った時に、かなり“ナチュラル”に混ぜ合わせることが出来て、かつ心地良く聴こえるようになっています。なので最終的には、周波数の割り方、ブースト量(※音量の上限値)、カーブ(※音量の変化曲線)、次数(※切れの鋭さ) 、全部を変えましたし、かなり良いところまで追い込めたかなと思っています。

 

ーーアイソレーターを使っている時に感じる“気持ち良さ”というは、ノブの重さも関係してくる部分なのでしょうか?

 

永田:そこは僕が担当したところですね。例えば、ロータリーミキサーのチャンネルボリュームだと、しっとりと重たく、しっかりと曲を混ぜ合わせるようなイメージのものが多いんですが、アイソレーターとなると割と軽いものが多く、ユーザーを見ていると素早く動かす人も多いんですね。一方で、EQのように微調整で使う人もいるので、その二種類の使い方を操作感において両立するのが今回の目標ではありました。アイソレーターに関しては、「センタークリックを入れるか入れないか」の話にもなりましたね。最初はクリック無しで進行していたんですが、DJM-V10は常設機材として使われるので、「明確なホームポジションが分かる必要があるよね」というところから最終的にはセンタークリックを入れることにしました。センタークリックの強さについても検討しました。

 

技術統括部 ファームウェア設計部 ミキサー課 小泉さん

 

永田:DJM-1000のアイソレーターではセンタークリックの感触が小さく、ホームポジションに戻す感じも弱かったので今回改善しています。逆にセンタークリックの感触が強過ぎると、アイソレーターをぐりぐりと動かす時に邪魔になるので、その辺りの荷重の設定は細かくやりましたね。あと、このアイソレーターはトリム・EQノブなどと違って普通の電気部品に加えて、機構部品が仕込んであります。DJM-V10に限りませんが、弊社のこだわりとして理想とする操作感の条件を満たす電気部品が無かった場合には、電気部品に独自の機構部品を加え、感触を調整しています。このセンタークリックの感触も他社製品と比較し、いろんな強さを試作し、社内で意見を集めて最終的な感触を決めました。

 

MASTER ISOLATORの機構

 

ーーちなみに、ノブのサイズ感を提案するのはデザインの仕事なのですか?

 

蔵本:機構エンジニアの情報や企画からの要望に対して、当てはまるものを提案したり、こちらから全く新しいデザインを起こしたり、チームで話し合いながらやっていく部分ではありますね。方向性を定めたところから、“格好良いけど作るのが難しい”とか“コスト的に難しい”といった実現可能性も話し合いで考慮しながら、出来ないとなった場合は代替案を次のデザインフェーズで書いて、提案して、理想の形に持っていくという流れですね。

 

永田:パーツのサイズに関しては、こちらから提案したり、デザイン側から提案してもらったりしています。いまだと3Dプリンターがあるので、すぐに実寸大のものを作って確認しています。

 

蔵本:例えばフィルターのノブは、当初はDJM-900NXS2ぐらい大きかったのですが、途中でフィルターの操作方法がDJM-2000方式の左から右に回し切るタイプになったので、“あの太さだと最後まで回し切れない”という話になりまして、モックを作る直前に細いタイプにしました。

 

3Dプリンターで作ったノブの試作品

 

ーー操作感で言うと、チャンネルフェーダーも重さや滑らかさの操作感が明らかに変わりましたよね。こちらも同様に、電気部品に機構部品を付けているんでしょうか?

 

永田:そうですね。こちらもグリスや機構部品の形状などで感触を調整しています。実はDJM-900NXS2のチャンネルフェーダーは微調整がしづらいとの指摘もありまして。理由は、動き始めにひっかかりのような感触があり、動き過ぎてしまい1mm単位の調整が難しいと。加えて操作時のガタも少しあり、品位改善の余地がありました。でも、DJM-V10は曲と曲のミックスを重視しているミキサーなので、フェーダーで1mm単位の微調整ができ、よりガタが小さくソリッドで、MASTER ISOLATORと同じように操作感が気持ち良いということを意識しています。個人的には、ロータリーミキサーのチャンネルボリュームの曲を混ぜ合わせるような操作感をフェーダーで実現することを目標としました。フェーダーは特にこだわりが強い部分で、“試作→重さ測定→意見収集→改善試作……”のサイクルを約3ヶ月繰り返して今の感触に辿り着きました。DJM-900NXS2と比較すると、大幅に改善していることを感じてもらえると思います。“電気部品+機構部品”という取組みによる恩恵は大きいです。

 

 

 

モンペティ:電気部品に機構部品を付けるのは弊社しかやっていないことですよね。

 

永田:操作子についてここまで真面目に設計しているのは競合他社ではあまり見られません。だからこそ弊社の強みだと思います。残念なのが、説明しても実際に触っていただかないと違いが分からないというところなんですけど(笑)。でも感触だけじゃなくて電気部品の耐久性も良くなるんですよ。機構部品を入れることによって電気部品に直接負荷がかからないので、単純に寿命が延びるんです。

 

ーー開発の時にパーツの耐久テストはどのぐらいやっているのですか?

 

永田:耐久テストは新しく採用する部品や操作子に対して重点的にテストしています。例えばチャンネルフェーダーだったら、“一曲につき何回操作されるか”を仮定して、そこから“一時間だったら〇〇回、一週間だと〇〇回で”、それがクラブ常設の業務用であることも含めて考えて“週末だったら〇〇回操作される”というのを計算していって、それを年単位で考えると大体何万〜何十万回となります。実際にその回数を動かしてもパーツが破損しないかどうかの物理面や、操作をしても信号が伝達しなくならないかといった電気面を耐久テストマシンで試験します。チャンネルフェーダーの具体的な回数は言えないんですが、クロスフェーダーのMAGVEL FADERに関しては操作可能回数1000万回を公称しているところから想像していただくと途方も無い回数ですね。機械がひたすら上下にガシャガシャ動かしているだけのシュールな光景なんですけどね(笑)。あとはノブをひたすら回転させるだけのマシンとか、ボタンを押すだけのマシンとか。

 

フェーダーの試作品

 

蔵本:マシンがうるさいので、耐久テストをするだけのための部屋があるんですよ(笑)。滅多に行かないけど、たまに用事があって行くと異様な光景なんですよね。

 

モンペティ:使用頻度を見積もる時は、正直「そんなに触るかな?」ってぐらいワーストケースで考えていますね。どうしても企画担当は社内で数字を聞かれる側なので厳しめに言わないといけないんですけど、その回数をクリアしているということなので、耐久性に関しては自信を持っています。

 

 

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