Pioneer DJ “DJM-V10” Engineer Interview
Text & Interview : Hiromi MatsubaraPhoto : Shotaro Miyajima
2020.4.15
画家が使うパレットみたいにフラットなデザインのDJミキサーを作りたい
ーーDJM-V10の全体的なデザインは〈Pioneer DJ〉の従来のDJミキサーとは全く異なって、暖色系を基調に統一されていますが、まず全体的なデザインとして意識されていたことは何でしたか?
蔵本:DJM-V10をデザインするにあたって行ったことは大きく2つあります。まずは開発当初から言われていた企画コンセプトのひとつでもある“ウォームなサウンド”を視覚化すること。“DJM-900NXS2とは全く異なる新しいサウンドのDJミキサーで、音質的にも温かいものだ”ということをユーザーの皆さんに視認してもらえるようにすることでした。そしてもうひとつ重要だったのは、“出来るだけシンプルにする”ということでした。そもそもDJM-V10のデザインコンセプトとして、“画家が使うパレットみたいにフラットでニュートラルなDJミキサーを作りたい”というのをずっと言っていて……、これポエティックな言い回しなので毎回言うのが恥ずかしいんですけどね(笑)。でも確実に、DJM-900NXS2を使っている人よりもさらにクリエイティビィティの高いミキシングを望む方が多いとは思っていたので、最低限の機能の差別化は行いつつ、パレットのどこに何色を置くのかも自由で、その色たちを混ぜながら絵を書いても良いように、“このチャンネルでこの音を鳴らして、フィルターをこう使わなきゃ”とは思わせないようなフラットなデザインを目指しました。僕はDJM-900NXS2のデザインも担当していたんですが、これまでの弊社のDJミキサーは、暗闇でも見え易いようにCUEやSOUND COLOR FXなど全部のボタンが異なる色で光るようになっていたり、各機能の違いを明確にするために白い縁取りをしたり、視認性をかなり考慮した足し算のデザインだったんです。DJM-V10は6チャンネルもあるので、そういった部分をやればやるほどノイジーな感じになってしまうかなと思いまして、DJM-900NXS2のデザインから出来る限り要素を引き算していきました。
デザインセンターの蔵本さん
ーー個人的には、引き算が為されながらも、“DJM-900NXS2の後継ではない全くタイプの異なるDJミキサー”というアイデンティがデザインに宿っているという印象なのですが、ここまで別の方向性のデザインに振り切ることを決めたきっかけなどはあったのですか?
蔵本:今回に関しては僕の中では予想外のことが多くて、最終的な決め手になったのが、このサイドウッドを付けたデザインでした。正直描いていた時は、“これは選ばれないだろうな”と思いつつも、当て馬のつもりでミーティングに持っていきました。でも、いざ聞いてみたら、皆が「これこれ!」というリアクションでまさかの一番人気になってしまって(笑)。さすがにサイドウッドはやり過ぎなので、実現可能性も含めて結局無しになったのですが、“中身はデジタルミキサーだけど、外身は往年のアナログミキサーの名機”というぐらいにクラシカルな形態を求められていたことが分かって、そのぐらいDJM-900NXS2とは全然違うデザインに挑戦して良いんだと思えるきっかけになりましたね。
左: DJM-V10 / 右: DJM-900NXS2
ーーDJM-900NXS2のデザインからは引き算をしながら、DJM-V10ならではのデザインを追求する中でこだわったことは何ですか?
蔵本:もちろん暖色系で統一したのも大きな変化ではあるのですが、個人的にはどうシンプルにするかに非常にこだわりました。ボタンを丸くしたのも、温かみがあって丸みがあるサウンドから連想したというだけではないんです。これまでの弊社のDJミキサーって、四角、丸、長方形、正方形と要素が多くて。それはそれで判別がし易いんですけど、どうしてもノブは丸いので、この際、“全ての要素を丸みのあるデザインで統一したらスッキリ見えるのかな”と思いました。ボタンからメーターに至るまで丸みを持たせることで全体が調和して、シンプルに見えるようになったと思います。そこはかなり苦労したところでもあります。でもシンプルさにこだわって、最後の方まで各チャンネルのSENDとFILTERのノブは同じパーツにしていたんですけど、いざ自分で触ってみたら、“咄嗟に操作をしようとした時に同じだったらこれは間違えるな”と実感して、ユーザビリティを優先したりもしましたね。
モンペティ:要素をなるべく減らしてフラットなものにしたいというのはあったんですけど、その一方で、やはりチャンネル数も初搭載の機能も多いので、いざ使ってみないと分からないことも多かったんですよ。例えば、チャンネルに数字の表示を入れたのも結構大きかったことで、“2チャンネルを上げていたつもりだったのに、間違えて3チャンネルを上げていた”といったことは実際に操作をしてみないと分からなかったことでしたし、SENDとFILTERも咄嗟に操作した時の間違いがやっぱり多いので、ノブのタイプだけじゃなくて、ボタンからノブまでのゾーニングはかなり試行錯誤しました。線の太さまで徹底的に考えましたよね。
蔵本:DJM-900NXS2など従来のモデルは、例えばSOUND COLOR FXのゾーンを示すのに、一度透明な印刷をしてから、その上に細かいドットの印刷をして、さらにその上に白で文字を印刷するという三工程でやっていました。ただ、シンプルさを追求するために他社製品のデザインも研究していったら、同じやり方ではDJM-V10で目指すシンプルさを実現できないと思いまして。ミキサーにおけるグラフィックデザインは視認性が非常に重要なんです。DJM-V10は一筆書きのラインだけでゾーニングとグルーピングをしているのですが、常設機材として初めて使う方でも、ひと目見た時に“ここがEQか”、“ここがフィルターか”といったことがすんなりと入ってくるようにすることが一番なんです。DJM-V10でも、ゾーニングのために細かいデザインを入れて帯っぽくしてみたり、オレンジ色のラインにしてみたり、何十パターンも描き起こしましたし、シンプルさを保ちながらも、視認性を一切損なわないようにする印刷部分のデザインは尋常じゃなくこだわりましたね。
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