XTAL
Text, Interview & Photo : Hiromi Matsubara
2016.2.17
結晶は新たな景色を映し出す
2015年12月31日。Gonnoのプレイで年を越すために代官山Uniceのフロアに詰めかけた僕を含む大勢の人々が、2016年を迎えて一番に耳にした曲は“Red To Violet”だった。トラックがスタートしたのは2016年1月1日の0時を迎えて数分が経ってから。まさに陽が昇る瞬間のような、新しい何かが始まる興奮を煽るイントロがじわじわと聴こえ始め、トラックが始まって2分が経つ頃には、さっきまで散り散りになっていた私的な間柄での謹賀新年の喜びがフロアの上で一体となって揺れていた。“Red To Violet”のキーポイントである、キーボードの音を小刻みにループさせているブレークから再び一気にビートが戻る瞬間には、至るところで歓声が上がった。
そんな最高の2016年の幕開けからちょうど1か月。読み方「クリスタル」はそのままに、名前の表記を改めた「XTAL」のデビューアルバム『Skygazer』がついにリリースされた。本作は、XTALにとってのホームレーベルである〈Crue-L〉から12インチで発表されていた“Heavenly Overtone”や“Vanish Into Light”や、世界的視野でオルタナティヴなハウス/ディスコを推進しているNYの〈Beats In Space〉が流通を手掛けた“Red To Violet”と“Break The Dawn”などの、珠玉のフロアトラックたちを含んでいる輝かしい外見でありながら、目に映るか定かでないその核に至る密度まで、見事な技術で削り出されて磨きをかけられた結晶となっている。
その1番の輝きは、アルバムのアップダウンでいうところの「ダウン」の方にある。決してダウナーだ、チルだというわけではない。例えるなら、60分のライヴの中間で迎えた途轍もなくハイにさせられたピークタイムの時の感情を、全く冷ますことも下げることもなく、体内に熱を循環させていくようなクロージングへのラスト15分。ビートに合わせるステップのペースは落としながらも、「ああ、最高だ……」とひたすらに延長していく情熱を噛み締めている瞬間に非常に似ている。ヴォーカルが気持ちを突き上げる“Break The Dawn”の後にやってくる、Gonnoとの共作トラック“Steps On The Wind”と、ラストトラック“Skygazer”は、本当によく最高の最後へと辿り着くための快楽の落とし込み方を示している。
あるいは、とてつもない速度過ぎていく日常のそのままのペースで、ふと空を見上げた時に映る青の向こうの鮮やかな紺色が伝える幸せにも近い。東京出身の僕は、XTALが住んでいるという長野の空を想像しながら、寒い時期の東京の空は悪くないなと思った。立ち止まって眺めているよりも、お互いに動いているという実感の方が遥かに気持ちを軽くするし、次の景色も目の中に浮かんでくる。聴く者の中に様々な景色と感情を映し出す結晶=『Skygazer』がどのように磨きだされたのか、様々な話をXTALに訊いた。
ーー待望の1stアルバムのリリース、おめでとうございます。
XTAL:ありがとうございます。
ーー実は、XTALさんのアルバムのことは、去年の6月にGonnoさんにアルバムのインタヴューした際に「XTALさんのアルバムに収録する曲を共作している」というお話を伺った時から知っていて。その時は「(2015)年内には……?」という感じだったんですよね。そして年を跨いで、ついにリリースとなったんですが、〈Crue-L〉の方から聞いたところによると実際は構想からリリースまでは約1年間だったそうですね。制作作業はどのぐらいの期間行っていたんですか?
XTAL:2015年の2月ぐらいに、瀧見(憲司)さんに「こんな感じでアルバム作ろうと思います」みたいなメール送ってから制作を始めて、作業自体は8、9月には終わってたんですよ。だから実質の作業期間はそのぐらいですね。〈Crue-L〉から最初にシングルが出たのが2011年で、その時からなんとなくアルバムを作ろうという頭ではあったんですけど、(((さらうんど)))とか、Jintana & Emeraldsとか、別でやってるバンドが落ち着いたタイミングが2015年の初めだったんで、そこから本腰を入れて作っていったって感じですね。
ーー9月に作業が終わってから手直しがあったとかは特になかったんですか?
XTAL:完全に終わったのは10月ぐらいで、その後は何もないですね。
ーーということは、10月31日にUNITでライヴをされていた時はもう『Skygazer』仕様で、お披露目していたんですね。
XTAL:そうですね。もうアルバムに入ってる曲を使ってました。
ーー今作に収録されている9曲中のほとんどが過去にすでにリリースされていたものですが、どれもトラックの長短とかが1分ぐらい変わってますよね。
XTAL:すでにリリースされていたトラックは全曲アルバム用に変えてますね。アレンジだったり、ミックスだったりも。
ーーどういうコンセプトの下でアルバム用のエディットにしていったんですか?
XTAL:それは、曲順ですね。まず、すでにある曲を何となく並べてみて、その流れがスムーズにいくように作っていきました。その後に、アルバムをまとめるとしたらこういう曲を作りたい、っていうイメージで何曲か作っていったんです。「アルバム用に作った」って感じの曲は、“Pihy”と、Gonnoくんと作った“Steps On The Wind”と、あと最後の“Skygazer”ですね。他の曲は、特にアルバムを作ることを意識して作り始めた曲ではないので、シングルとかアルバムとか関係なく作ってて、でも今回入れたという感じです。
ーーなるほど。あの、先ほどとっさに10月のライヴのことに触れたのは、アルバムを聴いていた時に、このトラックの並びの流れや、始まりから終わりまでの抑揚がライヴセットっぽいなと感じたからなんですね。聴いていて、4曲目の“Unfamiliar Memories”から、7分の“Red To Violet”を経ての、7曲目“Bleak The Dawn”までが明確にピークとして組まれているなと思ったんですけど、すでにあった曲を並べる時はこれまでのライヴセットでのプレイ順とか元々のトラックの性質を意識されたんですか?
XTAL:もちろんトラックを作る時は、例えば“Break The Dawn”とかはピークタイムにかかるであろう曲として作っていて、元の曲の性格がそうなので、アルバムの中でも位置には盛り上がるところにしてますね。だから曲自体のキャラクターはあまり変えてないのもありますね。でも、単に4つ打ちでBPM120から130ぐらいのクラブトラックが並ぶようなアルバムは考えてなかったです。なので、最初の曲(“Vanish Into Light”)はビート入ってないですし。
ーーしかも、この曲はだいぶ短くなってますよね。元々は9分ぐらいのフロアトラックですし。
XTAL:そうなんですよ。ビートが入ってる長いヴァージョンは2013年に12インチで出してて。今回ビートを全部無くして短くしたのは、アルバムの流れへの入り口を作りたかったからで。これは思い切ってパーツ的に作ったんです。
ーー「ビートを抜いた」みたいな引き算的にエディットしたトラックは他にもいくつかあるんですか?
XTAL:“Break The Dawn”とかも、12インチヴァージョンは後半もっと長いんですよね。だんだんピアノがなくなっていく感じで、DJツール的な部分を考えて作ってあったんですけど、今回はそれを無くしてバツっと終わらせてて。それは、アルバムの流れとした時に簡潔で良いなと思ったからなんですよ。
ーーそういったエディット作業に対する意識は、「アップデート」っていう感じでしたか?
XTAL:もちろんそれもありますね。アルバムに合わせて尺を編集する以外にも、こっちの方が音の響きが良いからって音色を差し替えたりとかもしてるんで。
ーー個人的には、4曲目の“Unfamiliar Memories”が物凄く気に入っていて、というのはアルバムの中で唯一この曲だけタイプが違うからなんですよ。Akufen的な小刻みのサンプリングの連続の中に、Four TetとかBibioが初期に作ってた感じの音色感がありつつ、ノリも少し早めのブレイクビーツの進化系っぽさがありますし。僕が“Unfamiliar Memories”(=見知らぬ記憶たち)というタイトルから考えたのは、XTALさんの内部でまとまらずに点々と散っている記憶を参照してひとつにしたのかなということなんですけど、実際のところはこれはどういうトラックなんですか?
XTAL:これは、ピアノとかパーカッションのループをまず作ったんですね。一通りできた後に、共作させてもらった〈Crue-L〉のTomoki Kandaさんのテイストが欲しいなって思って、Kandaさんに一度投げて。そしたらKandaさんが作ったコラージュ的な色々な素材が付いて戻ってきて、それがやっぱり凄い良かったんですよ。Kandaさんの入れてきた素材が、ノスタルジックなオペラみたいなものだったり、色々とランダムな感じで散りばめてあって、その感じがちょっと記憶があるんだけど、はっきりは見覚えないなっていう雰囲気がしたんで、そこからこのタイトルは来てるんですよね。だから、Kandaさんの印象が強い曲かもしれないですね。半々ぐらいというか。
ーーあ、じゃあ、XTALさんの内面的な要素は薄いんですね。
XTAL:僕の記憶って感じではないですね。最初のピアノとかサンプリングのループも、もう1人の共作者のS.Koshiがランダムに持ってきた色んなCDとか、自分が親しんでるものじゃないものを与えられて、それをイジっているうちにできたものなので。だから、自分が普段あんまり聴かないようなスパニッシュ・ギタリストのCDだったりして、音をもらってそれをイジったんですよ。もちろん使ってるので、自分の好みに合ってる部分を抽出してはいってるんですけど、自分が慣れ親しんでいるものではないんですよね。それを構築していってるので自分でも謎な曲です。だから割と好きなんですよね。人の曲みたいに聴ける気がして。
ーーそうなんですね(笑)。でも、他のトラックは音のレイヤーとか流れとか聴いて想像し易いんですけど、その点においても“Unfamiliar Memories”は毛色が違って特殊ですよね。
XTAL:まず、わかり易いクラブトラック的なビートが無いですからね。
ーーそうなんですよ。トラックの入り方を聴いてると後々ビートがやってくるのかなって思うんですけど、来ないままそのまま終わるっていう。でも、ビートの代わりに途中で入ってくるオペラのサンプリングとかの方にハートを掴まれちゃったりして、本当意外性の多いトラックですね。そもそもこのアルバムに入ってることも意外ですし。
XTAL:でも、こういう音楽がやりたいっていう気持ちはありますね。DJがかけて、みんなが踊りやすいトラックを普通に作るんですけど、“Unfamiliar Memories”とか、あと最後の“Skygazer”とか、クラブトラックではない、何と形容したら良いかわからないトラックを作りたい気持ちはいま凄くありますね。だからこうしてアルバムにも入っているというか……、“Unfamiliar Memories”や“Skygazer”のような曲があったからアルバムとして自分が納得のいくものになったなという感じはありますね。
ーー先ほどもクラブトラックが並ぶだけのアルバムは考えてなかったと仰ってましたけど、今作の構想段階もしくはそれ以前から、アルバムを作るとしたらクラブトラック以外のタイプのトラックも入れて相互機能させたいみたいな考えだったんですか?
XTAL:そうですね。“Heavenly Overtone”とか“Red To Violet”とかは12インチシングルでダンストラックとして出してたので、それを形を変えて入れるというのは自分の中では決めてて。それ以外の要素も、もちろんアルバムとしては入れたいなという想いがあったので、構想の段階からもう目指してましたね。
ーークラブトラックではないけど、クラブトラックたちの隙間を埋めていく様な少しビートミュージックぽいトラックって、僕のイメージでは(((さらうんど)))で実践していることの延長としてあるのかなと思ったんですけど。
XTAL:そうだな……、もし仮に(((さらうんど)))が無かったとしても、この要素はアルバムにあったと思うので、もともと僕の中にあるものなのかな。自分のリスナー遍歴的にも、クラブミュージックも好きだし、ロックとかバンドの音楽も好きだし、Jintana & Emeraldsでやってるみたいな50年代とか60年代の昔の音楽も好きで、そういうリスナーとして聴いてきたものが全部あるので、だから作るものも自然とその全部の何かしらが入ってるものになってて、その割合が変わると(((さらうんど)))になったり、Jintana & Emeraldsになったり、XTALになったりっていう感じなんです。全部僕の中にあるものなんですよ。
ーーどのプロジェクトにおいても何ですけど、XTALさんの中にある音楽要素にご自身でアプローチして曲として形にしていく感覚って、すでに存在している音楽を解体していく感覚なのか、もしくは研究するように音楽の延長線上を更新していく感覚なのか……、またそれ以外にもあると思うんですけど、どういう感覚でアプローチしているんですか?
XTAL:聴いてきた音楽と自分の音楽の関係性はですね……「会話」に近いですね。聴いている音楽からは語りかけられているような感覚があって、自分が音楽を作るということはそれに対して返答するような感覚なので、「その話を聞いて、自分は何を喋るか」っていうことですね。だから、「会話」です。
ーーサンプリングする時も同じですか?
XTAL:サンプリングも同じですね。元ある素材に対して自分の返答をしていく形なので、「解体」とかよりは、自分の意見を言ってるような感じですかね(笑)。
ーーなるほど。(((さらうんど)))とJintana & Emeraldsのプロジェクトを通しては、何十年も前のものからから現代に至るまでの各時代ごとで、所謂「ポップミュージック」と形容されていた音楽と向き合ってらっしゃったと思うんですけど、そういう別の活動で得た経験や、その都度行った「会話」を、XTALとして作った音楽や今作に応用させた部分はありますか?
XTAL:もちろん他のバンドでやってた経験は反映されてるんですけど、自分の中に元々あった色んな音楽のアウトプットを、例えば(((さらうんど)))だと70年代以降の国内外のポップミュージックを現代的にやるイメージで、Jintana & Emeraldsだと50年代や60年代の音楽を現代的にやるイメージ、っていうの感じで色んなことを別でできたので、XTALの方でポップス的な要素を出したくなっちゃったりすることが無いんですよ。だから分けられてる。すっきりとやりたいことをやったらXTALはこうなったっていう(笑)。色んなやりたいことがあるので、それを分けるとやり易いんですよね。フォーカスし易いんです。
ーーご自身の中できっちりと住み分けされてるんですね。
XTAL:それが無かったら、XTALとしてのアルバムの中で歌モノをやってたような気がするんですよ。まあ別にやってもいいんですけど、それを無理矢理にやらなくても良いというか。
ーー歌モノについては、まさに今回伺いたかったことなんですけど、XTALとしてはハウスのトラックを多く作ってらっしゃるじゃないですか。でもいつも全然ヴォーカルっ気が無いというか、歌ものハウスのイメージが無いんですよね。アルバムの新曲でもやられてないですし。何か理由があるんですか?
XTAL:タイミングと人がいればやっても良いし、やりたいなと思ってるんですけどね。
ーーご自身では歌わないんですか? もしくはサンプリングっぽく使うとか。
XTAL:それも試みとしてはやったことがありますね。それがハマるなら、それをやっても良いなとは思いますけどね。それこそJam Cityが急に歌い始めたみたいに(笑)。必然性があればアリだと思いますよ。
ーーまだ必然性を感じてないんですね(笑)。
XTAL:そうですね。(((さらうんど)))とかJintana & Emeraldsで歌が入ってるポップスをやってるから、そこである程度満足してるっていう部分はありますね。
ーーそれで言うと、XTALのプロジェクトでは、生音からシンセとマシーンまで本当に幅広くたくさんの音を使ってトラックのレイヤーを作っているのが大きな特徴だと聴いていて思うんですけど、トラックを組み立てていく時は何を1番に意識されているんですか?
XTAL:コード感ですね。和音の響きから喚起される感情というか、割とコード感が1番なんですよね。
ーーまず和音を作ってから、その和音の効果を固めていく様にパーカッションとかビートとか他の音を足していくということですか?
XTAL:そうですね。それが近いかもしれないです。ビートよりは和音なんですよね。曲の雰囲気を1番に決定付けているのはコード感だと思います、自分の場合は。
ーーコード感の話でいうと、(((さらうんど)))とJintana & Emeraldsのポップス・プロジェクトも含めて、リスナーを摑むフックになるポイントをかなり追求されていると思うんですけど、そういうフックのあるコードとかはすんなり思いつくんですか?
XTAL: 好きなコード感っていうのは結構決まっているので、そんなにヴァリエーション多くないんですよ。コード進行ではないんですよね。コードが展開していく時の感情の変化を追求しているわけじゃなくて、1個とか2個とか少ないコードから喚起される感情を1曲やるというか。だから展開がないんですよ、実は。コード進行の妙みたいなものではなくて、1個か2個のコードから喚起される感情を拡げるみたいな感じなんですよね。ちょっと抽象的な話ですけど。
ーーなるほど。いまのお話に近いことでいうと、僕がXTALさんのトラックを聴いていて思うのは、1曲を通して終始繰り返しループされているメロディーはもちろん印象的なんですけど、途中でブレーク的に入ってくる、バンドでいうギターソロみたいな、曲間のある一瞬のメロディーも実はかなり印象的に記憶しているんですよね。あるいはその合わせ技。だから、少しクラブトラックをライヴで披露するバンドっぽい音の重なり方だなって思うことがあるんですよ。例えば最近だとArchie Pelagoとかですね。彼らは本当に3人組バンドですけど(笑)。
XTAL:基本繰り返しは好きなんですけど……、例えば“Heavenly Overtone”とかは、割とある曲のヴォイスサンプルみたいなものがイントロからあってそれがずっと続いてるんです。参考として作っていたのは、Modern Headsみたいなディープなミニマルのリズムの入っていき方とかなんですけど、でもその上にピアノハウスみたいなコード弾きが乗ってるみたいな構造の曲はあまりないと思うので、その繰り返しでミニマルでヒプノティックな部分と、そうじゃないキャッチーな部分を合体させるというのは、意識してというか、自分のやりたいことがそうなのかもしれないですね。
ーーそういうトラックの構造の組み方で参考にしているプロデューサーはいるんですか?
XTAL:自分みたいなことと同じことをやってるような人はいないと思うので、だから……。でも例えば〈Kompakt〉のThe Fieldは好きなんですよ。彼がやってるような、ちょっとロック的な要素をミニマルに展開してダンストラックにするというのは凄い好きで影響は受けてるんですよね。だから“Heavenly Overton”とかの根底にあるのはそういう世界観なんです。“Heavenly Overton”を作っていた時に瀧見さんのDJを聴きに行ったんですけど、そこで瀧見さんが90年代ピアノハウスみたいなのをガンとかけてて、それが凄い良くて、それでピアノを入れたんでんすよ。そしたら、「The Fieldはこんなピアノ入れないだろ」みたいな感じで、面白いものになったっていう(笑)。そういう人他にもいるのかな……。でもArchie Pelagoは凄く好きですね。
ーー確かに、今作みたいにひとつにまとまった作品として聴くとまた改めて、XTALさんと似ているプロデューサーっていないな、って思うんですよね。でも、“Heavenly Overtone”をリミックスしていたVakula(2013年リリースの12インチ『Vanish Into Light』のB面に収録)にも近いトラックがあるような気がするんですけど……。
XTAL:そうかも。でもVakulaはもうちょっとストイックなんで(笑)。でも凄い好きですよ。
ーーそのイメージわかりますね(笑)。Vakulaはミニマルとピアノを組み合わせるというようりは、ミニマルはミニマル、ピアノはもっとそれらしくダウンテンポでいったり、それぞれの要素ごとに追求している感じですよね。やっぱりXTALさんのようなハイブリッド感を実現させてる海外のプロデューサーはいないんですね。
XTAL:でも、自分と並べるのはおこがましいですけど、DJ Kozeがやってる内容は凄い好きだし、理想でもありますね。
ーーやってる内容というのは?
XTAL:ダンストラックでもあるし、かつリスニング的でもあるし。あと、自由だし。少し前に出してた、彼の作ったリミックスを集めた『Reincarnations Part 2』も好きですね。
ーーなるほど。踊らずに聴いていても気持ち良いし、かといってフロアでかけても聴き劣りしないというところですね。それでいうと、“Unfamiliar Memories”はフロアでしっかり聴くと、リスニングでは見えてなかった低域がしっかりと見えくるトラックですよね。“Skygazer”もフロアで聴くとまた印象変わりそうですし。でも今って、フロアみたいな広い場所で聴くよりも、歩きながらとか電車に乗りながらとか、個人的に聴く機会の方が多くなってると思うんですよね。このアルバムを作る際のクラブトラックばかり並べないという意識は、リスニング的な部分を大きく意識したということに繋がってきますか?
XTAL:このアルバムに関しては、完全にではないですけどリスニングの方を優先して考えましたね。
ーーリスニングをする時にひとつ手がかりになるのはタイトルだと思うんですけど、『Skygazer』っていうアルバムタイトルはもちろん、「Dawn」とか「Rain」とか「Wind」とか、「空」をテーマにしたタイトルが多いのは何か理由があるんですか?
XTAL:曲名は全部後付けなんですよね。曲名を付ける時はその曲から自分の中に浮かんできた言葉を付けてるんです。だから、曲を作っている時は風景とかは思い浮かんでないんですよね。ヴィジュアルとか、何か視覚的イメージを思い浮かべて作っている人もいると思うんですけど、自分はそれは無くて。視覚イメージは考えずに作って、後で曲を聴いて思い浮かんでからなんですよ。それが結果的にこうして並べてみたら、空っぽいものが多くて(笑)。それで、アルバムタイトルは『Skygazer』にしたんですよ。で、最後の曲はCrue-L Grand Orchestraのサンプリングなので、やってることはリミックスに近くて。だから、元の曲の“String Driven”っていうタイトルにしてたんですけど、アルバムタイトルを『Skygazer』にしてから、この曲も同じ「Skygazer」に変えたらアルバムとしても強くなるし、曲名としても合ってると思ったんですよね。
ーー「空」を連想する曲名が多かったのは偶然だったんですね。XTALさんは空がめちゃくちゃ好きなんだなと思ってました。
XTAL:いや、必然性はあると思うんですけどね。統一性というか。ただ、それは最初から意識しているのではなくて後でまとめると、「そうなるよね」って感じなんですよ。なんというか、自分がこういうのを作りたいって思って作った音楽の中を覗いたら、「空」だったみたいな(笑)。「空」を目指してないんですよね。音楽の中から言葉を見つけていくと、こうなっていくんです。もちろんランダムな風景ではないんで、そこには理由はあるし、必然性はあるんですよ。
ーーXTALさんが覗いた時に見えてる空は、東京の空と、長野の空のどちらの方が多いんですか? 僕は東京出身なので、XTALさんの音楽を聴きながら「長野の空ってこんなに澄んでるのか。空気とか雲の解像度が高そうだな」ってポジティヴな印象を受けてるんですけど。
XTAL:印象としては僕も近いですね。近いというか……長野に引っ越してからあまり作る音楽は環境と関係ないなって思ったんですけど、やっぱり覗いてみると自分が普段見ている風景とか自分に影響を与えているなとも思っていて。例えば、“Heavenly Overtone”は東京にいる時に作ってるんですけど、(((さらうんど)))のメンバーの鴨田(潤)くんに、「XTALのトラックは寒いところで育った人の雰囲気が出てる」って言われて(笑)。そんなこと初めて言われたんですけど、言われてみるとそうかもなって思って、やっぱり長野に生まれて、18歳まで居たんですけど、その記憶とか見てた風景とかって逃れられないと思って。それが出てるんだろうなって思いますね。
ーーさっき仰っていた、理由とか、必然性というのは、「育ってきた環境」ってことですね。
XTAL:そうです(笑)。陽気な曲を作っても熱帯っぽくならないんですよ。例えば、“Unfamiliar Memories”にはラテンパーカッションが入ってるのに、熱い曲にはなってないし、自分が好きな音楽とかも考えてると、The Fieldとかちょっと寒そうな感じだし。あと、LindstrømとかPrins ThomasとかTodd Terjeとか、ノルウェーの人たちの音楽に凄い親近感があって(笑)、それも自分が長野生まれなのが関係しているのかなって凄い思うんですよね。で、そういう冷たい空気の中で見える空っていうのは、音楽に反映されてるんだと思うんですよね。
ーーでもその一方で、僕はXTALさんのトラックからシティ感を感じていて。先ほど名前が挙がったVakulaが草原的な大自然っぽさとかカントリー感を持ってるのと対比すると、XTALさんの場合は圧倒的にリズム感や曲の持っている情景が都会の景色とリンクするんですよ。“Red To Violet”とか。
XTAL:なるほど。長野で育ってきたということからの影響はもちろんあるんですけど、ただ僕は東京に出てきた人間なので、やっぱり長野だけには留まってられないものがあったんですよ。それは主に情報的な部分なんですけど、例えば誰かのDJを聴きに行くとかライヴ観に行くとか、東京でより得られるもの、都会的なものを求めてきた人間なので、それはやっぱりあると思いますね。だからどっちもあるんですよね。ただ山の中に籠ってオーガニックな音楽を作ったわけではないので。あと、“Red To Violet”のシティ感でいうと、メインになってるエレピのループはあるシティポップからきてるんですよね。だからだと思います。
ーー前に地下鉄に乗りながら聴いている時に、“Red To Violet”は電車の速度感とか雰囲気と合っているなと思って、Michel GondreyがディレクションをしたThe Chemical Brothersの“Star Guitar”のMVを思い浮かべたんです。それで、以前、『Cinra』のインタヴューで、長野と東京を行き来する電車の中でも作曲をしているということをお話しされていて。もしかして長野と、東京と、その中間と、っていうことが関係してるのかなと思ったんですけど、XTALさんご自身は思うところはありますか?
XTAL:そうですね……移動している感なんですかね。僕はあまりひとつのところに留まっていられない人間で、割と移動をしたい欲はあるんですよね。それが関係あるのかな(苦笑)。
ーー変なこと聞いてすみません……。でも、先ほどのトラックを通して見える「空」のイメージにしても、都市や電車の景色にしても、XTALさんの感覚はもちろんですけど、情景の鮮明さや解像度の高さの部分は得能直也さんのマスタリングにもよるのかなと思っていて。以前、(((さらうんど)))でも得能さんとお仕事をされていたんですが、XTALさんは得能さんの仕事の魅力はどういう部分にあると思いますか?
XTAL:もう長年やってるのでやり取りはしやすいのと、今どういうのを聴いているとか普段からコミュニケーションを取っているので、色々なことが1番やり易いんですよね。僕の意見と向こうの意見をちゃんと会話できるので、マスタリングエンジニアの人にパッと投げて、「はい、できました」って返ってくる感じではないので、色々やり取りをして作り上げることができるんですよね。そこが1番ですね。
ーー音の仕上がりの面ではありますか?
XTAL:今回のアルバムに関して言うと、マスタリングで色々な試みをしたんですよね。仕上がりでいうと、比べればわかるんですけど、音量は他のCDよりも小さいんですよ。音圧をあまり突っ込んでないんです。そういう部分は意識しましたね。っていうのは、最初にもうちょっと音量が入ってるマスターを作ったんですけど、それだと音楽性とマッチしてなくて良くなかったんです。聴いてて疲れる感じがして。なので、聴いていて疲れないところを目指して下げて作ったんですよ。
ーーそういうところでもリスニング的な要素への意識を反映させているんですね。
XTAL:そうですね。インパクト重視じゃなくて、長年聴けるような作品が良いなと思って。多分、試聴機に入っている他のCDと聴き比べると小さいと思いますよ。でも、それで良いなと思ったんです。自分はそういう作品が好きだし、このアルバムにも合ってるなと思ってます。
ーーなるほど。XTALへと改名して、1番最初のソロアルバムが長年聴き続けられる作品というのはある意味「らしさ」を表していますね。このアルバムを皮切りに今後XTALとしてのシングルもリリースされていくと思うのですが、このソロプロジェクトで実現さたいことはなんですか?
XTAL:普段色々好きな音楽を聴いて、もっとこういう音楽が聴きたいなと思うんですよね。だから、それを作ることですね。まだ無い音楽ってことだから(笑)。
ーーそれは他のプロジェクトにも言えるんじゃないですか(笑)?
XTAL:他のプロジェクトは、他の人が入ってくるので、そこの面白さなんですよね。そこで、自分とは違う人が何をやるのか、どこで何ができるのか、みたいなチームの面白さの方が上にきているので。XTALの方は完全に自分で、自由なので。もっとこういうことがやりたいなと思っていてもバンドではできないことがあるじゃないですか。でもそれをソロでは好きにやれる。その理想を追求したいですね。それは、ダンスミュージックであるかどうかみたいなのは関係なく、ですね。
ーーここ最近聴いている音楽の中では、この先の進展に繋がりそうな作品ってありますか?
XTAL:ありますね。色々あるんですけど、ざっくり言うとBPMが遅い音楽。止まりそうなぐらい遅くしたいなと思うこともありますし(笑)。
ーー遅い音楽が聴きたいというのは何か理由があるんですか?
XTAL:うーん……何かな……。今普通に耳にする音楽が速過ぎる気がするんですよね。チャートに入っているものとか。だから、遅いものの方が反抗的な感じはしますよね。状況に対して。あと、遅くてグルーヴ感のある音楽が聴きたいんですよね。
ーーそれで言うと、アルバム後半のGonnoさんと共作された“Steps On The Wind”と“Skygazer”は遅い方ですよね。
XTAL:“Steps On The Wind”はBPM110とかかな。それでも早い気がして。“Skygazer”はBPM70ぐらいなんですけど、それぐらいの遅さのものが作りたいなって。それとは別にDJで機能しやすいBPM120ぐらいのハウストラックを作りたいのはあるんですけど、アルバムとしてはもっと遅い、あのPortisheadの『Dummy』みたいなどんどん遅くなって沈み込んでいくような感じではなく、あれぐらい遅いけど浮遊感のある作品とかをイメージしてますね。“Skygazer”の延長線上みたいな。
ーー最後が次への布石になってるんですね。
XTAL:そうですね。“Skygazer”を作って何か掴めた部分はありますね。今のところはそういう雰囲気でいます。“Skygazer”は、今自分が聴きたいものに近いので好きですね。自分でもよく聴きますね。
ーーあの、もしかして新しい「XTAL」の表記って、Aphex Twinの『Selected Ambient Works 85-92』に収録されていたトラックから来てるんですか?
XTAL:いや、それから取ってる訳ではないんですけど、名前を変えることになった時に別の名前にするかとかも考えたんですけど、それだと今まで「Crystal」として活動してきたのが途切れちゃうので、綴りを変えることを思い浮かんで。「クリスタル」を他の綴りで書くとどうなるのか調べたら、今の表記とあの曲が出てきてたんです。もちろんあの曲は好きだし、知っていたんですけど、あの曲から取った訳ではないですね。
ーーそうなんですね。今の話の流れからてっきり次のアルバムは「アンビエントワークス」に近づくのかなと(笑)。
XTAL:ああ、なるほど(笑)。でも、今回のアルバムは、ダンストラックのシングルとして出ていた曲がアルバムヴァージョンになって入っているものが半分以上になっていて、アルバムをめがけて作ったのは少ないので、アルバムを作るという頭で丸ごと作りたいというのはあって。そうなったらアンビエント的なものは持ってきますけどね。でもこれはGonnoくんもインタヴューで言ってましたけど、ビートが無いからといってダンストラックじゃないという定義は何か違うと僕も思っていて、ビートがなくてもグルーヴしてるというものを目指してますね。アンビエントと言っても。そういうものだったら良いなと思います。
After Talk
ーー折角、瀧見さんに同席していただいているので少しこのアルバムについて伺っていいですか? このアルバムが完成して、聴かれた時はどういう印象を受けましたか?
瀧見:アルバムとして上手くまとめたなっていう感じが良かったですね。元々入る曲は決まってて、バランスを取って曲を配置して、通して聴けるものを意識したんだなと思いますよ。
ーー制作に関して、瀧見さんからはディレクションはあったんですか?
瀧見:多少って感じかな。ディレクションってやり過ぎても、個の力の方が強いわけだから、あんまり言い過ぎてもどうかなって。元々一緒にやってる時点で、共通の認識がある中でやってるから、人選でこういう人をっていうのは多少ありましたし。
ーーXTALさんと〈Crue-L〉はいつからのお付き合いなんですか?
XTAL:今回アルバムでも共作しているFran-Keyが元々〈Crue-L〉で、作品も出してて。Fran-KeyとDJを一緒にしたりするようになってから、流れで一緒にバンドをやろうってなって、「Fran-Key, Crystal & Roger」でアルバム(2009年リリースの『Last Night A DJ… Dreamed To Be A Band』)を出したところからですね。そこから〈Crue-L〉と瀧見さんとの関係が始まったんですよね。Fran-Keyを今回フィーチャーしてますけど、それも今回やっぱり〈Crue-L〉でやるなら彼と一緒にやりたいというのがあって。
ーー先ほどの得能さんみたいに瀧見さんとも普段からのコミュニケーションがある感じですか?
XTAL:そうですね。DJを聴いたりしますし。アルバムはもう〈Crue-L〉で作ることは決まっていたので、〈Crue-L〉感は出ていると思いますね。“Skygazer”をCrue-L Grand Orchestraのサンプリングしたのは、折角出すなら〈Crue-L〉の過去の音源を使って何か新しいことをやりたいなと思ったので、〈Crue-L〉から出さなかったらこういう作品にならなかったですよね。だからもう〈Crue-L〉から出す時点でコラボレーションになっているというか。
ーー瀧見さん的にはベストトラックはどれですか?
瀧見:それは言えないね(笑)。
XTAL:そこは言いましょうよ(笑)。
瀧見:揃いの中でフックになる曲、良いポイントに入ってるなっていうのはありますけどね。単体で聴くのと、通して聴くのと結構違うので。そういう意味では全体として見栄えが良いかなって。
XTAL:ああ、違いますね。そういうことですか。
ーーありがとうございました!
End of Interview
XTAL
『Skygazer』
Release date: 2016/2/1(Mon)
Label: Crue-L
Cat No.: KYTHMAK156DA
Price: ¥2300+Tax
Format: CD Album デジパック仕様
Track list:
1. Vanish Into Light (Album Version)
2. Heavenly Overtone (Album Version)
3. Mirror Made Of Rain (Album Version)
4. Unfamiliar Memories feat. Tomoki Kanda/S.Koshi
5. Red To Violet (Album Version)
6. Pihy feat. Fran-Key
7. Break The Dawn (Album Version) feat. S.Koshi
8. Steps On The Wind feat. Gonno
9. Skygazer feat. Crue-l Grand Orchestra