MUTEK.JP 2017
Text : Toshinao RuikePhoto : MUTEK.JP, RYUYA AMAO, Toshinao Ruike
2017.12.1
クラブ文化に通じる実験性と雑多性
東京では2回目の開催になるメディアアートの祭典『MUTEK.JP 2017』。モントリオールから始まって、現在はメキシコシティ、バルセロナ、ブエノスアイレス、ドバイ、東京、来年はサンフランシスコで開催されるが、国外のアーティストやフェスティバルの知名度を借りた単に“グローバル”なイベントではなく東京の地域性も感じられる良質なイベントになっていた。今回はその模様をお伝えしたい。
Photo : MUTEK.jp
今回会場となったのは日本科学未来館。昼間は家族連れが常設展示を訪れているが、上階でカンファレンスやワークショップが行われ、夜の部では施設の様々なスペースがライブ会場になっていた。
これまでも日本科学未来館はBjörkなどのアーティストのライブや展示のために何度か使われているが、この非日常感は同じ臨海部でも東京ビッグサイトのように最初からホールとして作られた箱モノの会場にはないものだ。
Photo (above): MUTEK.jp / Photo (below): Toshinao Ruike
これも他の会場ではなかなかないことだが、7Fにあるドームシアターではプラネタリウムで用いられるようなドーム型のスクリーンに映像作品が映写された。
Photo (above) : MUTEK.jp / Photo (below) : Toshinao Ruike
Rezシリーズのクリエイター水口哲也氏を迎えて、Playstation VRの新作をドーム型ディスプレイでプレイするイベント。公募で選ばれた一般人がプレイする様子を仰向けで眺める。
ドームでの鑑賞は没入感というよりも、映画館で誰かと一緒に良い映画を見てその世界が実在するかのように感じる状態に近かったが、ストーリーがなくても見入ってしまうほどの映像の美しさがあった。
プレイ後に水口氏のトークがあり、本来VRゴーグルでプレイするものだが、4K×4Kの映像をドームに投映するために追加の設定が必要だったこと、調整のため日本科学未来館のスタッフが朝5時までセッティングを行っていたことなどを語っていた。この日ドームの出口付近に3台の試遊機に長蛇の列ができていたが、観客の半数ぐらいはこれまでRezをプレイしたことがなく、必ずしも熱心なゲーマーだけが訪れていたわけではない。MUTEK.JP昼の部ではVRやゲームに関したワークショップやカンファレンスも行われ、夜の部の演目に関連を持たせていた。
Photo : MUTEK.jp
同じくドームシアターで行われたカナダからの2人組Woulg & Push 1 stopによるパフォーマンス。Woulgが作り出すグリッチのサウンドにPush 1 stopが幾何学的なヴィジュアルを付ける。
Photo : Toshinao Ruike
昼の部ではカンファレンスが行われ、2人がコラボレーションを行なう際の役割や作品へのアプローチについて解説が行われた。コンピューター上で様々な幾何学的なパターンを描く表現は、貝などの生物の構造が持っている複雑な形状がインスピレーションになっていると語っていた。
Photo : Toshinao Ruike
WoulgとPush 1 stopがサウンドとヴィジュアルを同期させるために使っていたのはDerivativeのTouchDesigner。インタラクティブ・アートやプロジェクション・マッピングなどによく用いられているソフトウェアだが、そのワークショップが2日間に渡って行われていて、そこではメイン講師に加えて2人がゲストスピーカーとしてよりテクニカルな内容を語っていた。
インタラクティブ性に優れたソフトウェアで、コーディングにほとんど立ち入らず、モジュールを繋ぎ、映像や音楽の各パラメーターを紐付けていく様子が楽しい。フリー版でもあまり制約はないので、後半から自分も自機にインストールして参加させてもらったが、比較的短時間で理解でき、使用方法よりも表現やアプローチの仕方にフォーカスして創作が行えそうだと感じた。またワークショップの後でパフォーマンスをより深く分析して見ることができた。
Photo : MUTEK.jp
天井から吊り下げられた49個の球体を使った音と光のインスタレーションは、昨年亡くなった冨田勲による70年代の名作を文字通り輝かせていた。ドビュッシーの「月の光」をシンセサイザーのスペイシーなサウンドによって再解釈した作品は今もさらに進化している感さえある。亡くなった作者が生きているように感じられるとか、曲が特別に生き生きしているということではないが、この作品は「まるで生きているように」という表現がしっくりとくるように思えた。
3日間の期間中、毎日一回上演されていて初日は何となく通りすがりで見てそのうち見入ってしまう人が多かったようだが、2日目からは最初から時間に合わせて開演を待っている人が多かったようだ。
Photo : MUTEK.jp
Galcidによる爆音パフォーマンス。モジュラーシンセやリズムマシーンを使った即興演奏だが、完璧なミックスを狙っているのではなく、耳をえぐるような音を出しながらニヤニヤしたり、作っていく過程を楽しんでいる様子に好感が持てた。
Photo : MUTEK.jp
パフォーマンス終了後、先ほどのエスカレーターのところでFMラジオの番組に出演するGalcid。刀鍛冶の一家に育ち、子供時代は鉄を鍛える音を聞いて育ったという。
InterFMのラジオ番組『Earth Radio』によってMUTEK.JP内に設けられた「KAI presents Earth Radio Lounge」。ベテランのテクノDJがプレイしたり、GalcidのようなMUTEK.JPに出演したアーティストや映画監督など番組にゆかりのある関係者が出演。昔は“メディアミックス”とこういうものを呼んだものだなあ、と一人で密かにほっこりしてしまった。
Photo : RYUYA AMAO
2日目夜はWOMBも会場となってクラブイヴェント『WOMB + MUTEK』も開催されていた。会場を一際盛り上げていたのはFrancesco Tristano。普通に4つ打ちの曲で盛り上げていたが、精悍な風貌なのでそれで人気があるのかなと思いながら観ていたが、88鍵のキーボードでピアノソロを始めた。即興で複雑なコード進行を何通りも弾きこなし、「へえ、ピアノも弾けるんだ」というレベルの技術ではない。筆者は後から知ったが、Francescoはクラシック音楽のバックグラウンドを持ったピアニストとしても活動している。ピアノソロもDJもどちらも上手く器用にこなしていたが、プレイとしてそれぞれ破綻はしていないものの多少唐突な感じはあった。この2つの音楽性の違いを小さい頃から音楽に触れてきていたバックグラウンドを生かしてもう少し音楽的にデザインしていくと、アーティストとして面白くなると思う。
Photo : RYUYA AMAO
MUTEK.JPの主催者と会場ですれ違った際に「クラブイヴェントとしてはMUTEKは久しぶりにいいですね」と声をかけたところ「でもクラブイヴェントではないんですよ」と言われたが、確かに『MUTEK.JP』はクラブイヴェントではない。何を持ってクラブとするかだが、ただしクラブの持っている時々思いがけない毛色の違ったものを受け入れ溶け合ってしまう実験性や雑多性とでも言ったらいいだろうか、そういった面でクラブ文化と繋がっている思う。そういう意味でWOMBのような東京を代表するクラブとMUTEKが組み合わされたのは必然のように思われた。
Photo : MUTEK.jp
昨年今年とMUTEK.JPを観る機会に恵まれたが、実は最初からそれほど大きな期待を持って足を運んだわけではなかった。何組かのアーティストは知っていたものの、東京にいたからという理由だけで何となくふわーっとしたモチベーションで訪れていたのだが、実際のところこれまで見たことのないようなパフォーマンスがあり、これまで世界各地で見てきたメディアアートのイベントと比べても全く引けを取らない程色々と見どころがあった。
今回取り上げた冨田勲の作品を使ったインスタレーションやゲーム音楽などはそれだけでイベントをやっても良さそうなものだが、一つのイヴェントにそれらが混在していることで普段そういった音楽に触れない層にも作品に触れる思いがけない機会になったと思う。特別に思い入れがある人でなくても「MUTEK面白いらしいよ」と聞いて何となくふわっと行って楽しんだり驚いたりできる現状が、私には心地よく感じられた。
最近はより多くのメディアでも『MUTEK.JP』が取り上げられていて、大枚をはたいて超VIP席を買うような大仰なフェスのようにはならないと思うが、将来的に規模が大きくなることはあるかもしれない。それでもあまり先進性に対して気負うことなく、多くの人に楽しまれるメディアアート系のイベントでこれからもいてくれることを期待したい。
スケジュールの都合で3日目の夜の部はほとんど見れなかったのだが、今回の『MUTEK.JP』で観たものから面白かった内容を以下ダイジェストで。
Photo : MUTEK.jp
音楽の再生スピードをコントロールする回転するコマのようなデバイスを使ったMyriam Bleau。
Photo : MUTEK.jp
前述のラジオ番組『Earth Radio』のパーソナリティーが3日目までのところMUTEKで一番良かったと語っていたのはこのRival Consoles。シャープな電子音と針金がぐしゃぐしゃ折り重なるような映像が同期されるのはいかにも今時のメディアアート。
Photo : Toshinao Ruike
No Sleep Till神泉、に反応して思わず撮ってしまったが、今回のMUTEK.JPは赤いガウンを着て参加していたヒップスターのような年配の来場者もいたり、外国人の来場者も多く、観客層も多様で個性的だった。
Photo : MUTEK.jp