SBTRKT
Text & Interview : Yu Onoda
2014.9.18
ベースミュージックのアーバン・プリミティヴな側面を象徴するかのような異形の仮面を被った覆面プロデューサー、SBTRKTことAaron Jerome。James Blakeのデビューアルバムと時を同じくしてリリースされた2011年のアルバム『SBTRKT』は、ポスト・ダブステップというタームが急浮上するなか、その流れのなかにR&Bやクラブ・ジャズのスムースかつポップな要素を溶かし込むことで、高い評価を得ると同時にセールス的なブレイクを果たした。その後は長いライヴ/DJツアーで世界を回っていた彼だが、今年3月にリリースした連作シングル・シリーズ『Transition』でシーン復帰ののろしを上げ、3年ぶりとなるセカンドアルバム『Wonder Where We Land』がここに到着した。
この作品には前作にもフィーチャーされたSamphaやJessie Wareといったイギリス勢に加え、Vampire Weekend のEzra KoenigやWarpaint(デラックス・エディションに収録の“War Drums”に参加)、ChairliftのCaroline Polachekのようなインディーズ・ポップ/ロック・アーティストからA$AP Fergのようなヒップホップ・アーティスト、さらにはマスタリング・エンジニアのVlado Mellerまで、アメリカの才能が多数参加するという新たな方向性が鮮やかに提示されている。いまだにミステリアスな仮面でその素顔を隠した彼が辿り着いた場所とは果たして? アルバムタイトルが示唆するように、その謎解きは本作の大きな魅力である。
ーーSBTRKTはマスクをした匿名な存在として成功を収めました。一方でDJやトラックメイカーはロックスターのように祭り上げられている現状があり、また、有象無象の匿名的なトラックがネットで日々量産されてもいます。そうした状況下において、匿名的なSBTRKTのプレゼンテーションがあなたにもたらしたものはどういうものだと思いますか?
SBTRKT:自分自身も一つのジャンルに留まってはいないし、僕の音楽を聴いている人も一つのジャンルだけを聴く人ではないと思うんだよね。そんな中で、自分で好きな音をSoundcloudで発信したりすることで、商業的な形だけで自分の音楽が世間に届いた訳ではないと思うんだ。正直、自分自身も全く無名のアーティストが好きだったりするし、情報がないからこそもっと興味が湧くことも多い。自分でいろいろ想像できるし、その人の人物像とか関係なく、その「音楽」だけを好きになれるからね。自分もその感覚が好きだから、そのミステリーを自分も残しておきたかったっていうのはある。だから聴きても僕と同じ感覚をもってるんじゃないかな。ミステリーに興味をもってしまうっていうか。
ーー今年、3月に連作シングル『Transition』がリリースされました。それらシングルから今回のアルバムへの流れはどのようなイメージがあったんですか? また、そのシングルには“KYOTO”という曲が含まれていますが、この曲はどのように作られたものなんですか?
SBTRKT:ずっとツアーしていたから、気づいたら前作を出してから3年も経ってしまっていたんだよね。だから何か発信したいと思っていたんだけど、アルバムのリードとなるシングルを何枚か切って、アルバムに繋げるっていう手法をとりたい訳ではなかったから、前作と今作の繋ぎに何かみんなが聴けるものを出したかったんだ。アルバムや売り上げのことを考えないで出すことで、本当に自分の好きな音楽が発信できるとも思ったし、そういう純粋な気持ちでとにかく好きなものを発信したのが『Transition』だったんだよね。それとタイトル「Transition」(=移行)には、前作から今作に向けての想いが込められているんだよね。“KYOTO”に関しては、僕にとってはすごくインスピレーションになった場所だったから。日本はいつでも刺激的だし、インスピレーションに溢れていて、心が動かされた思いを曲に秘めたんだよね。
ーー今回のレコーディングは、LAやニューヨークのほか、イギリスではブラックウォーター川の河口にあるOsea Islandで行ったそうですね。380エーカーの非常に小さな島でのレコーディングを敢えて選んだ理由は? また、そこでの作業はいかがでしたか?
SBTRKT:ただ単にイギリスで設備の整ったレコーディングスタジオでレコーディングがしたくなかったんだ。なんかそれってオフィスワークみたいな気がしちゃって。きっとそういうスタジオで作業しても、インターネットを見たり、電話をいじったり、すごく気が散る環境な気がしたんだよね。それで自分でもいろいろリサーチをしたら、このOsea Islandを見つけて。この何もない環境がとても魅力的だったんだよね。だだっ広い部屋で、外には何もなくて、インターネットも繋がらなくて。そういう環境に自分の機材をたくさん持ち込んで、Caroline Polachekとかも含め、数名参加しているミュージシャンにもそこに来てもらって、セッションをしたんだ。外に出ても、人影とか音とかしない環境で、そういう日常的ではない環境が特別だったし、今作に大きな影響を与えてくれたと思う。
ーーまた、今回は、マスタリング・エンジニアのVlado Mellerを含め、アメリカの才能が多数フィーチャーされています。アメリカとイギリスの音楽シーンは相互に影響し合ってきた歴史がありますが、ロンドン在住にして、ライヴで世界中を回ってきたあなたがアメリカのシーンに惹かれるのはどうして何だと思いますか?
SBTRKT:あんまり違いはないと思うんだけど、もしかしたらアメリカの方がジャンルがこと細かくあって、そのジャンルがいろんな穴を埋めている気がする。それと、やっぱり人口も多い国だから、アーティストがビッグになるスピードはすごく早いと思うA$AP Fergもそうだったし、きっとRauryもそうなると思う。まだRauryはそこまで知られていないかもしれないけど、僕の中ではすぐに大物になるのではないかって感じているよ。そういう多ジャンルで勢いのある部分はアメリカのシーンの魅力だとは思う。
ーー一方で、この作品にはSamphaやJessie Wareに加えて、Denai Moore、Koreless、Andrew Ashongといったイギリスの新たな才能もフィーチャーされています。いまのイギリスのシーンはあなたの目にはどう映っているんでしょう?
SBTRKT:今はアート色の強いシーンもまた浮上して来ている気がするなぁ。僕自身は、イギリス出身ではないけど、現在イギリスでも人気のあるThe HorrorsやMetronomyやBeckの音楽にワクワクしているんだ。イギリスでいうと、最近ではKing KruleやJon HopkinsやCaribouがとてもいいと思ってる。
ーーまた、Ezra KoenigやWarpaint、Caroline Polachekのようなインディーズ・ポップ/ロック・アーティストからA$AP Fergのようなヒップホップ・アーティストまで、本作は前作以上にジャンルのクロスオーバーが押し進められています。これは、ポスト・ダブステップ・エラの新たなフロンティアを意識した実験なのですか、それとも自然の成り行きなのですか?
SBTRKT:そうだね。何がアルバムに影響するかってハッキリしてないし、説明するのは難しいんだけど、Kanye Westの“Jesus”からの明確な影響は、パンチの効いたところに出ていると思う。最初からどんな作品にするかは決めてなくて、どちらかというとアバンギャルドなプロダクションだったんだよね。でもマスタリングに関しては、こだわりはあったんだ。前回はイギリスでマスタリングして、あの作品にあったマスタリングだったからこそすごくいい作品に仕上がったと思うんだよね。今回は音楽的にもコラボレーション的にもアメリカのアーティストやサウンドの影響も強かったし、例えばKanye WestやBeyoncéのパンチの効いた感じが好きでそれを表現したいと思ったら、アメリカのエンジニアさんにマスタリングしてもらいたいと思った。ああいう作品も必ずしも元からパンチがあった訳ではないと思うから。マスタリングのプロセスでだいぶイメージって変わったものも多いと思うんだよね。自分でもいろんな作品を効き比べてみたら、アメリカのエンジニアさんとイギリスのエンジニアさんの描けるものの違いも見えて来て、今回はRed Hot Chili PeppersやKanye Westの作品をマスタリングしたアメリカのエンジニアさんにお願いしたんだ。最終的には彼が今回のアルバム全体のサウンドを総合的に描いてくれたって言っても過言ではないかもしれない。
ーーまた、René Lalouxの『ファンタスティック・プラネット』(René Laloux’s Fantastic Planet)ほか、サイファイ・ムーヴィーもよくご覧になっていたとか。そうしたヴィジュアル・イメージとこのアルバムはどのようにリンクするものだと思いますか?
SBTRKT:そうだね。前作は、自分の基盤にあるものを表現した作品だったと思うんだけど、今作はもっと聞き手にも絵を描いてもらえるような作品にしたかったんだ。だから自分が影響受けてきたものをイメージできるものにしたかった。
ーー今回、iTunesのデラックス・エディションに25曲が収録されていることから判断するに、このアルバムでは膨大な曲が作られたであろうと想像しています。しかも、クロスオーバー・アルバムというのは、とかく散漫になりがちですが、このアルバムは一貫した軸があるように感じられます。そうした楽曲をまとめ上げるSBTRKTの個性とは一体どういうものなのか、それをあなたの言葉で語るとすれば?
SBTRKT:あはは(笑)。そんなこと普段考えないから難しい質問だなぁ(笑)。自分の音楽を聴いてもらった時に、要素要素がバラバラになっていないっていう所かな。例えばSamphaが出て来たら「それはSamphaの要素」とか「ここはSBTRKTのプロダクションだな」って思うよりも、それがちゃんと完璧にシナジーとなって一つの曲としてブレンドしているところが自分らしさって思いたい。でもアルバムを通して聴いてみると、いろんなタイプの曲が一つのアルバムに存在している柔軟性も存在していたり。説明しづらいけど、分かるかな?いろんな人とコラボレーションしているからってコンピレーションみたいな作品にはしたくないし、ちゃんとそのコラボレーションが自分の音とシナジーして一体となっているけど、音楽的にはいろんなものが楽しめるっていう作品こそが自分らしさだと思う。
ーー数々のチャレンジングな試みを実践した今回のアルバムを経て、今後、形にしてみたい、トライしてみたい音楽のアイディアがあれば教えてください。
SBTRKT:もっとクラシックで一貫性のあるアルバムも書いてみたいと思う。今はいろんな石を踏んだり飛んだりして音楽作りに突き進んでいると思うけど、自分の究極の目標は、「もうこんなアルバムを超える作品は作れない!」っていうようなアルバムを作ることだよ。だからそれを目指すために、いろんな実験を繰り返している気がするよ。音楽制作に関してもライブのプレゼンテーションに関しても、今後もいろいろ挑戦して、いつか究極の作品に到達したいと思ってるよ。
ーー最後に。“Wildfire”のリミックスをきっかけに、あなたはDrakeのアルバム『Nothing Was The Same』の制作に参加しているというニュースがありましたが、彼のアルバムや今回のアルバムでも、その成果は明らかになっていません。そのコラボレーションは今後何らかの形で発表されることはあるんでしょうか?
SBTRKT:これまでも作品やライブで一緒に何かやろうっていう話は実際に何度もあったんだ。彼が自分のライブショーを僕にプロデュースしてほしいっていう希望もあったりして。彼とスタジオに入って音楽セッションもやったりしたよ。結果ライブに関してはその時の方向性が変わってしまって実現しなかったのと、結果的にアルバムにもDrakeとの作品は収録されなかったんだけど、将来的にまた何か一緒に作るっていう可能性はあると思う。
End of interview
リリース情報
SBTRKT
『Wonder Where We Land』
Release Date: 2014.09.24
Label: Young Turks / Hostess
Cat No.: BGJ-10214
Tracklist:
1. DAY 1