HigherFrequency ハイヤーフリケンシー

INTERVIEW

Opal Sunn

  • Text & Interview : Hiromi Matsubara

  • 2018.1.25

  • 10/13 追加
  • 3/30 追加

遠く離れた惑星から、ダンスフロアへ

“春の温かさが満開になる幾分か前、まだ遠く冷たい太陽が Planet Sundaeに明日への影を示す頃、そして Al Kassianの “Diamonds of Jupiter”が依然として惑星の軌道上を進むその時、我々は2017年の行き先を遠く離れた星座に定めた。

私たちは Opal SunnのデビューダブルEPの1作目を親愛なるあなた方に紹介出来る事を誇りに思います。Hiroaki OBAと Al Kassianのこの作品は2015年から2016年にベルリンで録音され、日々の激しい光とダンスフロアでの突風との境目を率直に目指したものです。”

ーー『 Ⅰ (Part 1) 』プレスリリースより

 

〈Planet Sundae〉からのプレスリリースに記載されている作品紹介は、ポエム調の超短編物語のように読むことができて面白い。〈Planet Sundae〉のカタログナンバー1、Al KassianのEP『Diamonds on Jupiter』のを読むと、これがOpal Sunnに限ったプロモーションスタイルではなさそうなことがわかる。そして、アーティスト本人ではない第三者の目線から語られていく、地球上には存在しないであろう情景描写と、それに伴う思惑や決断については、レーベルがカタログを重ねる毎に展開していく連続性を感じることができる。しかし、英語の原文でもその和訳でも、何を言い表しているのか解らない部分はとにかく解らない。と言うか、ほとんどがよく解らない。意味を深く考えて、理解しようとするよりも、自身だけのイメージと感覚に乗せて身体に流し込んでいくように数回読んでみる。そう、リズムに乗るように。まるで自分もOpal Sunnのセッションに加わっていくかのように。

 

“暗いピンク色に夜が明けるブルーマンデーの朝、オーロラが見え隠れするかのように星々の向こう側に潜むカメレオンは不器用なハイファイブで冬を迎えている。惑星はもう一度セラフィンから揺れ動き、私たちは東方の星座に向かった。

ここでは激しく光が降り注いでいる。ダンスフロアで眩暈が人々を支配するように樹葉はスローモーションに動く。実景には濃い長引く煙と青白い点で起きている大混乱の末が映っている。ケンタウルス座のプロキシマのフレアは行き先を示しいる。冷たい光は止まったまま。無垢のままそして颯爽と暗闇の中を… **テープカット** 私たちはOpal Sunnからの二つ目の伝達を送信する。”

ーー『 ⅠⅠ (Part 2) 』プレスリリースより

 

より正確には、そのストーリーテリングは、幾度ものセッションによって構築された複雑な回路の上で繰り広げられる、Opal Sunnにしか生み出せない音世界へとかき分けて入り込んでいくための道標のように感じられる。一節ずつがメルクマール。ただHiroaki OBAとAl Kassianのセッションを傍観/傍聴しているというよりかは、Al KassianことAlexが「2人の音楽が作る世界観は似ているけど、それが現実かSFか、もしかするともっとファンタジーかもしれないし……」と言うように、2人の間にある世界観の余剰に、私たちそれぞれの情景描写に対するイマジネーションを添えていくような気分になれる。よりOpal Sunnの音楽に寄り添って素晴らしさを言えば、その奥深さに圧倒的に引き込まれる。Opal Sunnのライヴセットを観たことがある人であれば余計に一音一音を探りたくなる。とは言え、Opal Sunnとしては、まだ2度しか日本でライヴセットを披露したことがないので、今のところはいくつかのライヴレコーディングと照らし合わせることしかできないが。一聴して引き込まれれば、次の機会には必ずOpal Sunnのライヴセットが体感してみたくなることは確実なはず。

 

色々と前置きを省いてしまったが、結成以前のHiroaki OBAとAl Kassianのキャリアから現時点に至るまで、Opal Sunnのバイオグラフィーのような側面は、この先の日本向けプレスリリースに織り込まれたオフィシャルインタヴューに8〜9割詰まっているということでご了承ください。ようこそ〈Planet Sundae〉へ! Opal Sunnの(への)旅路はまだ始まったばかり!

 

 

ーーOpal Sunnを結成に至るまでは、OBAさんとAlexさんはそれぞれどのような音楽活動をしてこられたんですか?

 

Hiroaki OBA:僕の大本を辿ると、中学生ぐらいの時に楽器を買ってバンドを始めたことで、大学生ぐらいまでは本気でバンドをやっていたんですよ。そのぐらいの時に、例えば『FUJI ROCK FESTIVAL』に行けばバンドも出ているけど、The Chemical BrothersとかUnderworldとかも出ていたりして、そこで電子音楽もあるんだって認識したんですね。それと同じぐらいの時期に、音楽性のこととかでバンドを複数人でやることにフラストレーションを感じたりもしていて。ちょうどMacBookとか音楽ソフトが安くなってきていた時だったので購入して、その頃から一人で音楽を作るのを始めたんです。それから4~5年ぐらいは作っても発表せずに、たまに友達に聴かせる程度だったんですけど、転機になったのは、2010年にロンドンで行われたRed Bull Music Academy(以下、RBMA)で、応募してみたら受かって参加することになったんですよ。

 

 

ーーそれまでソロでのライヴセットはあまりやっていなかったんですか?

 

Hiroaki OBA:2008年辺りから始めて、2010年あたりは都内の小さいクラブとかバーでもライヴセットをやっていたんですけど、RBMA Londonに参加した後からよりライヴ活動を増やしていって、ヨーロッパに行くようにもなりましたね。海外で初めてライヴセットやったのは、RBMA Londonの時で会場はPlastic Peopleでした。細かい話をすると、実はそのRBMA Londonの時にAlexとニアミスをしていたんですよ。RBMAと『Secretsundaze』のコラボレーションパーティーがPlastic Peopleでやっていて、当時Alexはロンドンに住んでいてSecretsundazeのクルーとも友達だったから遊びに行っていて、僕もRBMAの参加生だったから遊びに行っていて、その時に後に僕らの共通の知り合いとしてキーマンになるKojun Shimoyamaとかもそのパーティーにいたりして。その時にすでに軽く巡り会ってたんですよ。RBMA Londonから帰ってからは日本を拠点にしてながら、年1回はヨーロッパで軽いツアーをしていて、2014年の11月からベルリンに移住することにしました。

 

 

 

ーーでは、Alexさん(Al Kassian)は?

 

Al Kassian:僕は10代後半ぐらいから音楽を作り始めました。最初は、僕も安く買ったMacBookに内蔵されているGarageBandで、作るというか作るための練習みたいな感じでやっていたんです。その後すぐにイギリスの大学に行って、それからイギリスには8年ぐらい住んでいたんですけど、その時に出会ったアメリカ人のある友人が色んなシンセを持っていて、家中に並べ過ぎてキッチンが宇宙船のコックピットみたいになったりとか、家の中でモジュラーシンセを作ったりとかしていたんですね。でもその人は作るというよりもシンセを集めるのが好きな人だったので、僕がそのシンセを使わせてもらって、そこでハードウェアの練習をしたんです。それと同時期には、大学が一緒だったKojun Shimoyamaとロンドンで『Selective Pressure』というパーティーを始めて、その時は別のパートナーとのBearlightというユニットで今とは少し違う音楽をやっていました。パーティーは4年ぐらいは続いたと思うんですけど、ロンドンのオールドストリートにあった「Life」という今は無くなってしまったバーで、パーティーとDJを始めたというのが今の僕のスターティングポイントでした。2011年頃からはTomoki Tamuraさんの『Holic』でオープニングレジデントをやらせてもらって、プロデュースとリリースとDJに本格的にのめり込んで行ったのはその頃でした。でもその時のパートナーが別の勉強をしたいという理由で音楽を辞めてしまったから、ソロでやることにして、ベルリンに移ることにしたんです。

 

 

ーーちなみに今も流暢な日本語で喋っていただいてますが、Alexさんはご出身はどこなんですか?

 

Al Kassian:僕は生まれは京都なんです。親の仕事の都合で、日本とイギリスを行ったり来たりしながら育ったんですけど、お父さんはドイツ人で、お母さんは日本人ですね。

 

 

ーーなるほど。そして、お二人が出会ったのはいつだったんですか?

 

Hiroaki OBA:2015年の2月とか3月だったと思います。僕は『Holic』のTomoki TamuraさんやTAKAさんとはロンドンに行った時に知り合って、それからTAKAさんは2010年より後のツアーのコーディネートを手伝っていただいたり、Tomokiさんは僕がベルリンに移る1年前から先にベルリンに住んでたので、ずっと良き先輩という感じで。それで、Tomokiさんに呼んでいただいた誕生日会でAlexに初めて会ったんですよ。

 

Al Kassian:でも、もうどこかで必ず会うことになっていたと思うんですよね。

 

Hiroaki OBA:そうだね。僕はネットでイベントのスケジュールとかをよく見てる方だから、Bearlightが東京でライヴをやったりリリースしてるのは知ってて、それこそ5年前ぐらいからAlexの存在は知っていたんですよ。写真を見て顔も知ってたし。あとは、それぞれ別の回だったんですけど、2人ともKojunのパーティーに出演していたりとか、とにかくよくニアミスしてたんですよ。それで2年前にやっと会えて。

 

 

 

ーー出会ってから、Opal Sunnを結成したのはどういう経緯だったんですか?

 

Hiroaki OBA:その誕生日会で会った時に、自然な話の流れで「今度セッションしようよ」と気軽な感じでどっちからともなく誘ったら、その後すぐにAlexが僕の家に来て、セッションしたんですよ。僕はそれまでにも色んな人とセッションをしたことがあって、その時も調子は良い方だったんですけど、1回目は割と普通で。でも、その次の週にまたセッションしてみたら、1回目よりも断然良くできて、そのセッションの中で良い感じの曲もできたんですよ。その後、僕が1ヶ月ぐらい日本に帰ってたので少し空いてしまったんですけど、僕がベルリンに戻ってからまたすぐに「会ってセッションをしよう」という話になって、週1~2回ぐらいのペースで会ってセッションをすることにして。そしたら、セッションをする度に、2日に1曲ぐらいの早さで曲が出来ていって、しかも我ながら良いなと思える出来映えだったんですよ。だからその時にはもう僕は、この曲をどうリリースして、どうライヴ活動をして、っていうことを同時進行で考えていたんですけど、2ヶ月ぐらいセッションを続けた2015年の夏のある日に、ちゃんと告白をするわけでもなく、2人の間で「曲も良い感じだからリリースもできるし、ユニットとしてライヴもできそうだね」ってまた自然の流れでそういう話題になって、ちゃんと活動をしてみることにしたんですよ。

 

Al Kassian:今考えても、本当に短い間に全てが決まっていったよね。

 

Hiroaki OBA:気軽な感じではあったけど、初めて会ってから2ヶ月で10曲近く出来たりして、手応えはあったからね。それこそ『Ⅰ (Part 1)』に収録した4曲は全部、その2ヶ月で出来た曲なんですよ。『Ⅱ (Part 2)』に関しては、厳密に言うと曲によっては1年とか、ミックスをして仕上げたところまで入れると2年近く完成時期がずれていたりするんですけど、2015年の夏にほぼ完成していた曲もあります。その時に作った曲が沢山あるから、最初はその中のものを分けて出していこうということで、タイトルもわかりやすく『Ⅰ (Part 1)』と『Ⅱ (Part 2)』にしたんです。

 

 

 

ーー2015年当時からセッションをする前にある程度イメージを共有し合った上でセッションをしていたんですか?

 

Al Kassian:それに関しては、もともと2人とも好きな音楽のタイプが似てるというのが大きいと思います。Hiro(OBAの愛称)の家はスタジオみたいに機材で遊べるようになっていたから、僕は行ったらとりあえず1~2時間ジャムってみて、それをベースに2人で作っていったり、たまにレコーディングしてみて「ここ良い感じだね」っていう風に作業をしていたんですよ。

 

Hiroaki OBA:参考にしてみようというわけでもなく、YouTubeでお互いが見つけた良い曲を聴かせ合って喋ってみたいな友達同士ならよくあることもしながら、そういうリラックスした雰囲気もありつつ、部屋に並んでるシンセとかドラムマシンでジャムセッションしてましたね。特に何も会話も無く、いきなりセッションを始めることもありましたし。音を出してるうちに方向性が定まっていく、という流れですね。『Ⅰ (Part 1)』と『Ⅱ (Part 2)』の8曲を聴いていただければわかると思うんですけど、強めのテクノもあれば、ゆっくりと落ち着いた曲もあるし、それは結局作っている最中に方向性が自ずと定まっていくからなんですよ。最初から2人の間で「激しいテクノ作ろう」と決めてから作っていくことはあまり無くて、ジャムってるうちに出てきたパーツから発想していくという感じなんです。

 

Al Kassian:例えば、途中で誰かの他の曲を軽く聴いて、スタジオに戻ってから、トーンはこうしてみようって2人でディレクションをする、みたいなことは本当にたまにしかやらないです。大抵はほとんど喋らないまま2人でスタジオに入って、「始めよっか」みたいな感じです。

 

Hiroaki OBA:より制作面の話をすると、例えば、お茶を淹れたり、お腹が減ったから晩御飯の準備をしたりとかで、どちらか片方が離れても、もう片方がそのまま細かい作業を進めることとかは全然あって。それで、準備が終わってスタジオに戻ってきてから、離れてた方が「これは違うんじゃない?」とか「これ良いね」とかって言いながら作業が進むこともあります。でも改めて考えると、さっきAlexが言ってた通り、お互いの好きな音楽のタイプがある程度似ているから、2人の間での大きな方向性は間違いないと確信しながら、突然変なことはしないだろうと、信頼して任せあってる部分はありますね。別に何か気に入らなかったら後からいくらでも言えますし。そういう感じで制作はしていますね。

 

 

 

ーーまずジャムセッションを始める時の、ベースとなる機材は具体的に決まっているんですか?

 

Hiroaki OBA:決まってますね。制作の時は、基本的にパソコン上で走らせるソフトをマスターのシーケンサーにして、パソコンにレコーディングしていくんですけど、サブのシーケンサーにはElektronのOctatrackを使っていて、リズムマシンには同じElektronのMachinedrumを使ったりもしているんですけど、Roland AIRA TR-8を使うことの方が多いですね。割とオーソドックスな機材を使っていると思います。アシッドなベース用にRoland TB-3とかもありますね。シンセで言うと、RolandのSH-101とかArturiaのMicroBruteですね。ここはMiniBruteじゃなくて、MicroBruteなのが僕としては結構大事です(笑)。あとはNord RackとかDave Smith InstrumentsのMophoとかですかね。

 

Al Kassian:RolandのJuno-106とかKorgのVolca fmとMicroKORGもありますね。

 

Hiroaki OBA:それこそMicroKORGはAlexの愛機で、多用してますよ(笑)。

 

Al Kassian:特にヴォコーダーの設定をね(笑)。そのまま歌ったり、TR-8をMicroKORGに入れて、ヴォコーダーをフィルター代わりにして鳴らしたりしてますね。あとはエフェクター系かな。ディレイとかリヴァーブがあったり。

 

Hiroaki OBA:そうだね。僕の秘密じゃないけど、秘密兵器的なのはJomoxのT-Resonatorです。ビート通してもシンセ通しても気持ち良くエフェクトがかかってくれて、オススメですね。あとはMackieとかBOSSの古いアナログミキサーを使って、サチュレーションやオーヴァードライヴさせてみたりしてます。細かく言うと本当に色々あるんですけど、自然な流れで適していると思った機材を出して使っている感じなので、これって固執してるのはなくて、メインで使ってるのは最初に言った7〜8機ぐらいですね。それで、ライヴの時も持って行ける限りはメインの機材を全て持って行ってます。あと最近は少ないですけど、プラグインのソフトウェアシンセも使いますしね。

 

 

ーーということは、ハードウェアの量と頻度が増えているだけで、別にハードに対する強いこだわりがあるというわけではないんですね。

 

Al Kassian:それは無いですね。

 

Hiroaki OBA:無いですね。でもひとつそれっぽいことを言うと、ソフトウェアシンセでもパソコンのシステムでもハードウェアでも良いんですけど、僕は機械がオーヴァーロードして絞り出してる音が好きなんですよ。機械の悲鳴と言うとあれですけど……、例えばあるシンセに凄い数の情報量をMIDIデータとかで一気に突っ込んだりするんですよ。それで許容量を超えると、本来の決まった音が出ないんですよ。なんとか音を絞り出してる感じで。それがランダムな音にもなってて、そのランダムな感じも好きですし、ちょっと機械が悲鳴を上げているぐらいの感じが個人的には好きなんですよ。ソフトでもできるんですけど、アナログの古い機材だとよりバッファが小さかったりするので、悲鳴を上げてくれやすいんですよ(笑)。なんとか音を出してやろうという、マシンの自我を感じるんです。それがこの2~3年は好きで、よくやってますね。

 

 

ーー今回の2つのEPだと、どの曲でそのマシンの悲鳴をわかりやすく聴くことができますか?

 

Hiroaki OBA:はい、絞り出してる音って僕の中ではもう1種類あって、単純にフィルターでゲインを上げてオーヴァーロードさせてる感じのものも、同じタイプの音なんですよ。例えば、“Pluto”でループしているメロディーラインがギュッと絞られるように上がったりとか。“Opal”にも似たような部分がありますね。あとは、シンセサイザーにカットオフとレゾナンスっていうパラメーターがあるんですけど、それのレゾナンスを上げてカットオフを一気に閉めると、絞り出されたような音が出るんですよ。他の組み合わせもあるんですけど、ジャムではよくそういうことをやっていて、そのための設定に時間かかるのでジャムを始める前には僕は黙々とその準備をして、いざ始めたら「どうだ!」って音を出してみて、Alexの反応を見るんですよ(笑)。だから、そういう音の実験も兼ねてジャムをしている感じですね。

 

 

 

ーーいまのお話を聞くと、『Ⅱ (Part 2)』の“Vertigo”は、2つのEPの全8曲の中でも唯一アグレッシヴなトラックで、それこそハードウェアがスパークして出来た曲という印象でした。

 

Hiroaki OBA:“Vertigo”は最初の夏に作った10曲の中に入っていて、『Ⅰ (Part 1)』に入れようかとも思ったんですけど、『Ⅰ (Part 1)』には“Opal”を入れたかったので『Ⅱ (Part 2)』にしたっていう曲ですね。“Vertigo”はデモの段階から、Panorama BarでMassimiliano Pagliaraがプレイしてくれたりしてたんです。ただ、結局はミックスダウンで楽曲の雰囲気がガラッと変わるので、最初の夏に作った“Vertigo”と今の“Vertigo”では全く違うんですよ。『Ⅱ (Part 2)』でリリースするにあたって、他の3曲にミックスを合わせていて、パターンも3つぐらい作って近い友達に聴いてもらったりもして、『Ⅱ (Part 2)』の“Vertigo”に至っているんです。これは全ての曲に言えることですけど、曲自体は早い時期にできていたけど、それから鉄を何度も叩き続けて完成させたって感じですね。

 

 

 

ーー制作プロセスそのものも、セッションの中で一発獲りして作っているわけではなく、セッションで生まれた良いパーツを組み合わせて、細かい作業も加えて、それぞれの楽曲を完成させているということですよね。

 

Hiroaki OBA:そうですね。セッションで生まれたフレーズを組み合わせていく中で、もうひとつシンセが欲しいなと思って後から重ねることもあります。セッションの録音ファイルのタイトルを録った日の日付にして、いつ仕上げるかを振り分けてやっています。僕らはセッションをしながらある程度まとまってきたら停めて、休憩をするんですね。例えば、それで調子が良いなって時は、次の曲を作り始めて、同じようにセッションをしてまとめていくんですよ。でも、前のセッションと後のセッションは別の曲だから、その2つのセッションの録音データが最終的にクロスオーヴァーすることはあまり無いですね。

 

 

ーー例えば、セッションと組み合わせの作業で長い時間をかけて作った曲でいうとどれですか?

 

Hiroaki OBA:実は“Chameleon”は、2015年の夏に作ったっていう10曲の中には入ってなかったんですよ。結成をした最初の夏に10曲ぐらい作った後に、僕が日本に帰っていたりとか忙しくて半年ぐらい制作期間が空いてしまって。その全く作れなかった時期があけてから、元ネタとしてあったベースラインを曲として仕上げていって出来た曲が“Chameleon”なんです。だから僕としては、初めに作ったフレッシュな曲たちとは少し違っているんです。

 

 

 

ーー違うというのは仕上げの制作プロセスとか機材とかがですか?

 

Hiroaki OBA:それも少しありますけど、気持ちの面の方が大きいですね。最初の夏に、Alexと会ってセッションをするたびに1日で1~2曲のペースで作っていた時は、始めたてのフレッシュな感覚があったんですね。それがひと段落して、秋と冬を経て、その次の年の3月ぐらいに「また久しぶりにしっかり作ろうか」って2人の間でなった時に、前よりもちょっと凝って作ってみようかという風に考えて。わざと、最初の夏みたいに勢いで作らないようにしたんです。いま思うとそんなに深く考えて作る必要は無かったかなと思うんですけどね。別に僕の中で曲に優劣はつけるという訳では全くなく、曲それぞれ乗っている気持ちが違う部分はあるのかもしれないですね。

 

 

ーーライヴセットでは、既存の楽曲を再現して演奏してる割合と、即興でセッションしている割合はどれぐらいなんですか?

 

Hiroaki OBA:それは毎回違ったりするんですけど、最近は90パーセントぐらい即興に近いセッションですね。でも初期にライヴをやっていた時は半々ぐらいでした。Octatrackに曲の素材をある程度入れていて、そのサンプルを流しつつ、それに合わせてドラムマシンとシンセで合わせていって、さらに即興で音を重ねて変化させていって、というやり方ですね。

 

Al Kassian:自分たちの曲をトリガーしたりとか、どんな時でも色んなオプションに行けるように準備して臨むライヴにしたいなと僕らは思っているんですね。だから2015年の『Rainbow Disco Club』の時も、2016年の『Atlas Electronic』の時も、曲順とかは全く決めていなくて、僕がHiroに「“Vertigo”!!」って曲名を伝えてからその曲に変化させていく時もあれば、即興でセッションをしている時もあります。

 

Hiroaki OBA:なので、セルフリミックスとまでは言いませんけど、ライヴセッションしながら元の曲からはさらに変化させているという感じです。あとは、使っている機材的にも僕の方が展開をリードしている感じですけど、その割合も僕が6割でAlexが4割ぐらいで、基本的には各々がアクションを仕掛けて、展開させる時に声を掛け合うこともあれば、音を聴いて対応していくこともありますね。

 

Al Kassian:あんまり話さなくても意外と何とかなるよね。スタジオでセッションをする時も音楽のことをそんなに沢山会話をするわけではないですし。だから、スタジオにいる時に、お茶を淹れて休憩してからまた機材の前に戻ってきて、2人で「やりますか」って言ってる感じと、ライヴはそこまで変わらないですね。

 

 

 

ーー音楽の話は良かった曲とかをオススメし合う程度しかしなくて、基本的な趣味も共通していて、信頼関係もあるというのとはまた別に、お二人それぞれはセッションをする前のインスピレーションとか影響のようなものは何から得ているんですか?

 

Al Kassian:僕はテクノとハウスよりも、ジャズとかソウルとかアンビエントとかスピリチュアルな音楽をよく聴くんですね。僕はそういうところからの方がインスピレーションを受けることが多いです。たまに面白いハウスのレコードとかを聴いて、いつのまにかメロディーが頭に残っちゃって、スタジオでセッションしてみたら雰囲気が似てしまったりすることもありますね。でも、何も考えを持たずにスタジオに来て、一気に作っていくことの方が多いですね。1人で曲を作る時は、どういうサンプルを持ってきた方がいいのかとかをちゃんとゆっくり考えたり、ずっと考え続けながら曲を作るほうが多いですね。だから2人の時の方が、フリーで、オープンだと思います。

 

Hiroaki OBA:僕も2人で作るときはあんまり考えずにスタジオに入ることが多いですね。今も考えてみたんですけど、僕はどこかからインスピレーション受けて、意図して音楽を作ることがそもそもあまりなくて、ゼロとは言わないにしても、ソロの時も同じようにそういう作り方は無くて。どちらかというと機材をいじって、しばいている時に、面白いフレーズができて、これを発展させてみようっていう方が多いですね。ソロだとその流れのまま作業が続くんですけど、2人だとAlexからもインスパイアされて音を出してることもありますね。もちろん音楽は家とかでも聴きますけど、直接的なインスピレーションを受けることはあまりないですね。ただ、クラブに行って、「このグルーヴ感カッコいいな! 参考にしたいから忘れないでおこう」って思う時はあるんですけど、僕はクラブに行くと大体酔っ払っちゃうので忘れちゃうんですよ(笑)。でもたまにクラブの景色を想像することはありますね。例えばPanorama Barの朝方だったり、昼間に、カーテンが開くんですよ。その時に光が入ってくる多幸感とか。でも僅かにですよ。思い出したいなって時があるんですけど、やっぱり忘れてるんですよね(笑)。

 

 

 

ーー僕が気になっていたのは、Opal Sunnとかレーベルの〈Planet Sundae〉とか、あとはいくつか曲名にも、宇宙に関するワードとかイメージが多いという点なんですけど、宇宙に対する想いであったり、それぞれに理由があるんですか?

 

Al Kassian:〈Planet Sundae〉は僕と知り合いのSimonと始めたレーベルなんですけど、ベルリンって日曜日はほとんどの店が閉まっていて、冗談でよく言うのは、日曜日に行けるところといったらBerghainとかPanorama Barしかない、っていうぐらいみんな日曜日は真面目に休んでいるんですね。最初は「日曜日の惑星(Planet Sunday)」で、毎日が日曜日みたいな意味だったんですけど、Simonがアイスクリームを作る勉強をイタリアのボローニャにしに行ってから、「SundayをアイスクリームのSundaeに変えよう」って言い始めたと思ったら、いつの間にかSundaeに変わってたんですよ。彼はいつかアイスクリームショップを一緒にやろうって言ってるんですけど(笑)。でもイメージ的に、アイスクリームで出来た惑星が宇宙に浮いてたら面白いかなと思って、そのままにしてるんです。でも何でOpal Sunnしたんだっけ?

 

Hiroaki OBA:名前は凄い悩んだんですよ。『Ⅰ (Part 1)』の収録曲に“Opal”ってあると思うんですけど、ユニットの名前よりそのトラック名が先にあったんですね。その時は色的に考えて“Opal”にしたんですよ。2人ともBerghainとPanorama Barが好きでよく行ってるんですけど、“Opal”が出来た時に「これがPanorama Barで流れたら盛り上がるだろうね」っていう話をしていて。Panorama Barって、日本ほど照明がちゃんとしてないんですけど、赤と青が混じって紫になったり、たまに凄いキラキラしてる瞬間があって、それがオパールカラーみたいで綺麗で、「この曲は色的にそういうイメージだね」っていう話になってタイトルを僕にしたんです。その後、1ヶ月後ぐらいにちゃんとユニット名を考え始めたんですけど、結局僕が「違う、それじゃない」って言い続けてて、でも考え過ぎても良くないし、Opalっていうワードが2人ともどこかで引っかかっていたので、Opalを付けたユニット名にすることに決めて候補を出しながら考えていて。そしてらある日、Alexがメールで「Opal Sunnってどう?」って送ってきてくれて、これ良いなと思ったんですよ。

 

Al Kassian:「Opal SunnとOpal Hazeのどっちが良い?」って聞いたんだよね。でもOpal Hazeは“Purple Haze”からきてると思われそうだっていう話になったんです。

 

Hiroaki OBA:あと『Ⅰ (Part 1)』の“Pluto”はまさに冥王星からきていて。と言うのも、この曲を作った日に、NASAの無人探査機が冥王星に接近して綺麗な写真を撮ったっていうのが凄いニュースになっていて、それまであんまり話したことはなかったんですけど、僕も宇宙が好きで、Alexも宇宙が好きだったみたいで、セッションしに家に来た時にまず「あのニュース見た?」っていう話をしたんですよ。その日は珍しく、セッションしながら宇宙船が冥王星に近付いて通り過ぎていく過程のイメージを膨らませていって、作ってみたら曲が出来たので、そのまま“Pluto”にすることにしたんです。

 

 

ーー会話からセッションをしてるみたいですね。

 

Hiroaki OBA:本当に他愛もない会話ですね(笑)。“Pluto”に関しては作り方も名前の付け方もかなり珍しい例だったと思いますよ。

 

 

ーーてっきりAlexさんが宇宙が好きなのかと思ってました。〈Planet Sundae〉から最初にリリースしたソロEPもタイトルが『Diamonds on Jupiter』だったので。

 

Al Kassian:確かにそうですね(笑)。好きなんですけど、「宇宙をテーマにしよう!」って決めてやってるわけではないです。『Diamonds on Jupiter』には、元々他のタイトルがあったんですけど、アートワークとかデザインの提出をする前の日に〈Planet Sundae〉のSimonから、「やっぱりこの名前ダサいな」って言われて、「じゃあ考えてよ」って言ったら、「Diamonds on Uranusはどう?」って返ってきて。Uranusって天王星なんですけど、発音がちょっと際どいと思ったので、『Diamonds on Jupiter』にしたんです。

 

 

 

Hiroaki OBA:好きかと言われたら好きなんですけど、そこまで固執してやってるわけではないです。

 

Al Kassian:〈Planet Sundae〉も今は宇宙のテーマが多いですけど、もちろん宇宙とは離れたテーマのこともやりますし、また宇宙にも戻ってくると思いますし。

 

 

ーーなるほど。Opal Sunnを聴きながら宇宙のことを考えてたら、『Ⅰ (Part 1)』と『Ⅱ (Part 2)』のアートワークの地球離れした感じ、浮遊する未確認物体みたいな感じも非常にスペーシーに見えてきてしまって。ポストインターネット的でもありますが。

 

Al Kassian:これは、僕のガールフレンドの妹が通っているベルリンのアートスクールでやっていた学生の展示に招待してもらった時に、目に止まったポスターがあったんですね。その時にちょうどそのポスターを作ったOlya Bazilevichにも会うことができて、「今度一緒にやりましょう」という話をして。その後も会ったりとか、よく連絡も取ってて、『Ⅰ (Part 1)』と『Ⅱ (Part 2)』のアートワークを作ってもらうことになったんです。色んなアートワークを作ってもらったんですけど、やっぱり〈Planet Sundae〉だし、スペーシーな中で、色んなフレーヴァーのアイスクリームが溶け合っている感じと、ポストインターネット・アートの今っぽい感じが良くて、これにしたんです。並べて見るとわかると思うんですけど、『Ⅰ (Part 1)』は真ん中の青いラインで数字の「1」を表していて、『Ⅱ (Part 2)』は全体の形で数字の「2」を表しているんです。今は、これで『Part 3』と『Part 4』って続けていきたいなと思っていますね。

 

 

 

ーーちなみに、先ほど“Opal”はPanorama Barの照明のイメージを重ねたというお話がありましたけど、絵とか写真とか映画とか、ヴィジュアルが音楽への発想にリンクすることはありますか?

 

Hiroaki OBA:僕は絵とか写真とか見るのが好きで、部屋にも飾ってあったりするんですけど、それが音楽をリンクしていることはやっぱり無いですね。

 

Al Kassian:僕は、2つ例を言うと、『インターステラー(Interstellar)』という映画が、ヴィジュアル的にも音楽的にも宇宙が題材の映画の中で特に優れていると思っているんですね。他の宇宙にある惑星とか、ブラックホールに近付いたら光が曲がったりとかにも興味があるというのもあります。あと、デンマークとアイスランドのハーフのアーティストでOlafur Eliassonという人がいるんですけど、彼が有名になるきっかけになったTate Modernでの『Weather Project』っていう作品とか、他にもアートとサイエンスを混ぜた作品をたくさん発表しているんです。Olafur Eliassonの考えていることとかヴィジュアルが凄い好きで、1人で音楽を作る時は彼のことを考えていますね。

 

 

 

ーー『Ⅰ (Part 1)』のアートワークが『Mixmag』の「The best artwork of 2017 so far」にも選ばれていましたが、『Ⅰ (Part 1)』の発表後からと、『Ⅱ (Part 2)』のリリースアナウンス後の反響はいかがでですか?

 

Hiroaki OBA:『Ⅰ (Part 1)』をリリースした後に、Josh Winkがオフィシャルチャートに入れてくれたのもあったりして小さい波が起こって、一回落ち着いて。また夏のフェスシーズンに入ってから、Andrew Weatherallが1回のセットで『Ⅰ (Part 1)』の全曲をプレイしてくれたりとか、色んなDJがプレイしてくれて、また新しい波が来て、いまその流れが『Ⅱ (Part 2)』に繋がっているって感じですね。『Ⅱ (Part 2)』に関してはすでにレヴューを書いてくれているサイト(※取材時は『Ibiza Voice』『FREQUENCIES』に掲載)がいくつかあったり、プレミア公開を経由してデジタルは出るのか問い合わせがあったりとか、プロモーションの段階から『Ⅰ (Part 1)』の時よりも良いフィードバックをもらえていたので、着実にステップアップできたかなと思っています。レベルアップというか、少しは前に進んだなというイメージです。具体的にスケジュールは決まってないんですけど、とりあえずは曲を貯めてて新しい曲も結構ありますし、何となく次のプランのことも考えていたりもするので、〈Planet Sundae〉からでも、他のレーベルからでも、出す時にはいつでも出せるようにという感じで準備を続けていこうかなと思います。

 

 

End of interview

 

 

 

Release info

 

Opal Sunn

『Ⅰ (Part 1)』

Release date: 2017/3/10

Label: Planet Sundae

Cat no.: PS02

Format: Vinyl & Digital

 

 

 

Opal Sunn

『Ⅱ (Part 2)』

Release date: 2018/1/26

Label: Planet Sundae

Cat no.: PS03

Format: Vinyl & Digital

 

 

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