Daniel Miller
Text & Interview : Hiromi MatsubaraTranslate : 光山征児Special Thanks : Night Aquarium, HITOMI Productions, Inc. & Traffic
2016.9.12
ゴッドファーザーのいまも変わらぬ情熱
初めまして。僕は22歳の、東京で活動している日本人のライターです。1994年に生まれて、10代の前半頃から、ロックからエレクトロニックミュージックまで様々な音楽を追い続けてきた僕にとっては、あなたは遥かに偉大な存在です。今回は、いまあなたは何を考えながら昨今の音楽シーンと接しているのか、ということを伺いたいと思い、いくつかの質問を考えさせていただきました。
今回、Daniel Millerに送った質問表は上記のようなメッセージから始まる。僕は、メールインタヴューをする際に送る質問表の冒頭に自己紹介以外のメッセージやを付けることはほとんどの場合しないが、なぜか今回は少し特別に感じていたのか、自然と手が動いてしまった。
なぜ〈Mute〉最盛期に直面していない世代の僕にとってもDaniel Millerが偉大な存在かというと、近現代の音楽史及び音楽文化を遡っていくと、必ずと言っていいほど〈Mute〉の膨大なカタログに突き当たるからだ。これについては、〈Mute〉が35年を迎えた際にWeb版『ele-king』で行われたDaniel Millerのインタヴューの冒頭で、野田努氏が最も適切だと思える一文を残している。
「電子音楽好きで〈Mute〉を知らない人間はまずいないでしょう。もしいたら、それはブラジル代表の試合を見たことがないのにサッカー観戦が好きだとぬかすようなもの」だと。
もう少し僕なりに掘り下げてみると、Daniel Millerと〈Mute〉は、例えばノイズやインダストリアルといった前衛的な音の実験を、いま俗に言う「これは音楽だ」と、より多くの人たちが認識し解釈するための枠組みや基準を作ってきた。そこに即効性は無くとも、着実に、インディーロックやエレクトロニックミュージックを、深く聴いている人から浅く聴いている人にまで浸透させてきた。Daniel Millerと〈Mute〉は、2010年代にCabaret Voltaireが再発を入手してまで改めて聴くべき音楽であることだと感じさせ、要素を複雑に構築したトラックやヴィジュアルで明らかに異端だったArcaを、然るべき現代の電子音楽のタイムライン上に乗せてみせたのだから。これはポップスという要素が音楽私史に欠かせないDaniel Millerだからこそ、アヴァンギャルドな作品と並行にDepeche ModeやErasureを成功させてきた〈Mute〉だからこそ可能にできたことだと思う。
ここ最近の〈Mute〉は、ArcaやLUHなどの若手にとどまらず、New Orderの最新作に、Swansのラストアルバムなど話題に事欠かないが、エレクトロニックミュージックのサイドにフォーカスすると、2012年に始動したサブレーベル〈Liberation Technologies〉がかなり面白い。〈Counterbalance〉や〈Downwards〉からの作品で知られるハードヒット・テクノ・ユニットのBritish Murder Boysが出たかと思えば、2010年代電子音楽の一大気鋭勢力〈Diagonal〉のPowellやContainer、異端児TCFが飛び出し、Daniel Millerが高く評価するサウンドアート系で展開するMark Fellは抜群のフロアトラックを投下した。レイヴィーなハウス寄りのゾーンにいたかと思ったPhysical Therapyの熱狂的なポイントをフックアップし、Lukidの2年ぶりのシングルを発表したのも〈Liberation Technologies〉だ。Daniel Millerは凄い酔っ払った時以外は踊らないらしいが、今もその音楽に対する情熱はフロアの最前で手を上げて踊っている若者とそれほど変わらないようだ。
ーー2016年ももう半分以上が過ぎましたが、現時点でのあなたのベストな出来事や物事は何ですか?
Daniel Miller:ポルトガルの『FESTIVAL FORTE』でのDJですね。素晴らしいロケーションと観客でした。
ーー最近は写真に熱心に取り組んでいると伺いました。あなたが写真に感じている魅力は何ですか? 写真の魅力と音楽に何か関係性はありますか?
Daniel Miller:私が写真で特に面白いと思っているのはストリート・フォトで、その瞬間にしか存在しないのがストリート・フォトの真髄だと思います。もしその瞬間を逃したら、撮ろうとした写真は無駄になってしまいますよね。このことは音楽についても同じことなんです。自分が録ろうとした演奏を、きちんと最高の演奏が行われたその場で録る、という事ですね。
ーー写真以外で最近あなたが興味を持っていることはありますか?
Daniel Miller:今度『ADE(Amsterdam Dance Event)』でトークセッションを行うのですが、それが「写真と音楽にある関係性」というのがテーマで、これまでに一度もそういった事をやったことがないので、非常に楽しみにしていますね。
ーーあなたは今では〈Mute〉のレーベルオーナーとして世界の人から知られていますが、かつてはThe NormalやSilicon Teensといったバンドの活動もされていました。しかしミュージシャンやアーティストとしての活動よりも、レーベルオーナーとしての仕事に尽力しようと思ったのはなぜですか?
Daniel Miller:私は一度たりとも自分のことをミュージシャンだと思ったことはありません。というのも、とても下手なギターを弾き、とても下手なサックス吹きだったのでね。しかしシンセを演奏するのはとても好きで、またシンセを使ってサウンドを作ることも好きなので、それは趣味としてまだやっています。アーティストやミュージシャンと一緒に、彼らのヴィジョンを具現化するのを手伝っていることの方が、私がやっていて凄く楽しいことなんです。
ーーこれまでに〈Mute〉は、優れたバランス感覚で、ポップな作品もアヴァンギャルドな作品もリリースしてきました。しかし、作品をリリースする以前に、「これは高いクオリティのポップスだ」や「これは高いクオリティのノイズだ」と判断をすることは難しいと思うのですが、これまでいかにしてその判断を下してきたのでしょうか?
Daniel Miller:私も10代の頃はポップミュージックを聴いて育ったので、当時からポップスが凄く好きで、今でも好きです。しかし、自分の音楽の好みが成熟していくにつれ、私はアヴァンギャルドミュージックが好きになり、それらがまさにエレクトロニックであったり、フリージャズであったりしたので、それら両者を扱うということ自体は私にとっては凄く自然なことなんです。
ーーシーンに関わっていて、年上の人たちを見ていると、好きなものに対して常に同じ情熱を保ち続けるのは難しいことなのかなと思うことがあるのですが、あなたは音楽に対するクリエイティヴィティをキープするために行っている音楽以外での習慣、ルーティーンなどはあるのですか?
Daniel Miller:それに関しては、私にとっては全く問題ない事ですね。ルーティーンなどは特には無いのですが、わかってきたのは、私は時間がある時、特に自宅でリラックスしている時には音楽を聴かないんです。このことが私を気楽にして、イマジネーションが湧き出てくることに繋がっているんだと思います。
ーー〈Liberation Technologies〉は、いま僕が個人的に興味を持って接しているレーベルの1つです。あなたにとっても、いま熱を持って接しているプロジェクトの1つだと思うのですが、「Liberation Technologies」(Liberation=解放、Technologies=テクノロジー)という言葉が意味しているのは、何かに対するアンチテーゼなのでしょうか? それともあなたが持ち続けてきた信念なのでしょうか?
Daniel Miller:元々この名称は、「Mute Liberation Technologies」という名前の部署が過去に存在していて、それは来たるデジタル社会に向けて作っていた部署だったんです。90年代において、レコードレーベルで独自のウェブサイトを持っていたのは〈Mute〉が初めてでしたし、当時の私たちは様々な形でデジタル社会と繋がっていましたからね……インターネットやDVD付パッケージ、また他のプラットフォームを通じて。その活動に「Mute Liberation Technologies」という名前をつけたのは、デジタルの世界に凄く自由な気風を感じたからです。次第にその部署はデジタルというものが日常になるにつれ、〈Mute〉そのものの中に組み込まれて、その名前を使うことも無くなったんですが、それでもその名称が気に入っていたので、「Mute」を外して、〈Liberation Technologies〉というレーベル名にしたんです。
ーー最近〈Liberation Technologies〉ではPowellやTCF、また〈Mute〉ではArcaやLUHといった若い世代のアーティストのリリースを手掛けていますが、あなたが常に最新の音楽と向き合うために意識していることや、向き合うために必要なことは何だと思いますか?
Daniel Miller:問題は年齢や世代などではなく、その音楽なんです。私は音楽を聴く時に(その音楽を作っている)アーティストが何歳かなどということは気にしませんし、思うことはその音楽の中にあるイマジネーションに関してなんです。もちろん若いアーティストは音楽に対して違ったアプローチを取ることができていますし、それは彼らが異なった影響やテクノロジーの中で育ってきているせいでしょうし、そういうのを見るととても嬉しくなりますね。
ーーいまも若い世代のアーティストと向き合われている通り、〈Mute〉やあなたは常に多く音楽に対してポジティヴに接し、その発展を推し進めてきたと思うのですが、現在世界中に存在するエレクトロニックミュージックのシーンやコミュニティ、またそこ属しているアーティストたちなどに対してネガティヴに感じる物事はありますか?
Daniel Miller:私はエレクトロニックミュージックのアーティストたちに何もネガティヴな見方をしていませんよ。最近はお金をかけなくてもいろんなソフトウェアを使って、とても良質なサウンドのエレクトロニックミュージックが簡単に作れます。本当に傑出したエレクトロニックのアーティストを見出すことはなかなかありませんけどね。
ーーもし若い世代に何か嫉妬しているがあったら教えてください。
Daniel Miller:それは全くないですよ!
ーーエレクトロニックミュージックのシーン、また音楽業界全体をこれから担っていく若い人たちへのアドバイスをお願いします。
Daniel Miller:先程伝えた通り、良い音楽を作るのは凄く簡単になっていますが、傑出した音楽を作るには恵まれた才能がなければなりませんし、普段あるものの境界線を超えていかなければなりません。エレクトロニックのミュージシャンは常に新しいサウンドや概念を模索すべきで、プリセットされた音源に頼ってはいけません。エレクトロニックミュージックのアーティストを目指す人たちは新しいサウンドやリズムを創造すべきなのです。ハードワークすべきでオリジナルであるべきなのです。
End of Interview
Event information
イベントの詳細は以下の通り。
NIGHT AQUARIUM