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takimi kenji

INTERVIEW

瀧見憲司

  • Text, Interview & Photo : Hiromi MatsubaraSpecial thanks : HITOMI Productions, Inc.

  • 2016.9.1

  • CDJ-2000NXS2 DJM-900NXS2

パーティーの内側と外側で

やっぱり正直なところ、シーンは現場が突き動かしていると信じたい。現場で何かしらに揺さぶられて熱くなった人が動かしていると信じたい。音楽でも、クラブでも、アートやファッションでも、社会や経済でも、もう何でも。膨張するヴァーチャルだって結局はリアルな現場に流れ着く。そもそもリアルがあってこそ生まれたヴァーチャルだから、双方の地面は無意識に繋がっている。書は持たずとも、スマートフォンを手に、そしてMacBookを背負って町に出よう。

 

この東京、もとい日本に、特異な速度で流れている時間に僕はほとほと鬱屈する。24時間の中で、あるところは急速に動き、あるところは遅く流れる。鳴り続いている音楽は最新で面白いのに、フロアは一向に埋まらない。東京の辺境めいたディープスポットほど世界時間の感覚に敏感で、リアルタイムに欧米シーンを揺るがしている海外アーティストたちがやってくる。Instagramで見た動画やBoiler Roomのライヴストリーミングで見た景色と何かが違う。何かが遅く……何かがズレている。

 

瀧見憲司は、2016年9月3日(土)から始める20年ぶりのレジデントパーティー『OwK』から、東京のクラブシーンに生じたタイムラグとその因子にアプローチする。氏はローンチに際して「過去にも未来にも、水平方向にも垂直方向にも開かれた音楽が渦巻く、世代やテイストを超えて繋ぐユートピアでもありディストピアでもあるリアルなクラブパーティーにしたい」と言う。

『OwK』の全てが詰まった内側には実際に足を運んでいただくとして、パーティーが始まる前と終わった後にも、水平方向にも垂直方向にも思考や動向が繋がっていくようにと、氏と22歳の若輩者による「基本的には何でもオーケー」な放談『パーティーの内側と外側で』は第1回目を迎えた。

 

takimi kenji

 

ーー9月3日(土)から始まるレジデントパーティー『OwK』は、異なる時代感覚や世代を強く結びつけて、未来に新たなシーンを築いたり、これまで遅れていたシーンを取り戻そうといったテイストのパーティーなんですが、瀧見さんご自身は2010年代以降の昨今のシーンをどのようにご覧になって、どのように接されてきたんですか?

 

瀧見憲司:クラブシーンやクラブミュージックができて、実際30〜40年ぐらいだと思うんだけど、ふと考えると、ジャンルとしてのロックと一緒で、既に完全に歴史になってるよね。ハードロックで音響的に完成されたロックのパターンとほぼ同じトレースの時間経過が経ってるような気がする。風俗の業態としてのクラブもディスコ時代から考えると40年以上続いてるわけで、DJがクラブでかけていた「クラブミュージック」っていうのが、レコードになって記録媒体化したのは80年代後半ぐらいからだと思うんだけど、そこからでも既に30年以上経ってるわけだからね。例えば、90年代に「30年前」って言ったら60年代でさ、ウッドストック(・フェスティバル。1969年に開催された世界初の大規模野外イベント)以前にもなるわけだよね。そう考えると、自分が普段音楽を聴いていて、20年前のものを聴くと「コレは古いな、とかコレは古いけど新しく聴こえる」って思うことがあるんだけど、それ自体の歴史も超えてるんだよね。それにびっくりしたりする、自分で自分の昔のレコードを掘っている時とかにさ。自分がそういう音楽に接しだした頃はまだ未分化の状態で、80年代後半だと、ロックをやってた人がいきなり打ち込みになったり、打ち込みやってる人は自分の持ってる機材の範囲だったり、スタジオでその場で作ってるから、ある意味デタラメなものが多かったんだよね。今みたいにフォーマットがあって、その中で選んで作ってたわけではないから。

 

 

ーー今より遥かに未熟な「それっぽいもの」を作ってたってことですよね。

 

瀧見憲司:そうそう。もちろんその前の時代から、例えばニューウェーヴやディスコにもクラブミュージックの構造を持ったものはあったし、それをDJがうまくかける事でクラブミュージックに聴こえていたものもあるよね。最近よく思うのは、ただ「選ぶ」だけではダメで、視点とか目線を変える視座とか角度が入ってないと面白くないし、通用しないと思うんだけど、それって良いとされるDJがやってきた事に近いんじゃないかなと。やってる事は曲をかけるタイミングとミックス、テンポ変え、ヴォリュームコントロールなんだけど、そのフォームに色々応用できる強度と視点があるから廃れないし、若い人が惹かれ続けてるんじゃないかなと思うんだよね。まぁ、職業としてのDJに関しては、エンターテイメントとアートのバランス問題があるけど。

 

実際にいま、現場に20歳の人いるけど、「20年前」って最早1995~1996年なわけでしょ。そう考えると、当然その頃のリアルタイムの音楽を知ってるわけないからね。そりゃレアグルーヴだわっていう。当時はわけのわからないものがあまりにも多くて。でもこれは極論だけど、いまのクラブミュージックって、大枠で、端から聴いている人にとってはほとんど差がわからないものになってるでしょ。膨大なサブジャンルがあって、その違いも中にいる人か、文脈を理解していないとわからないものが多いし。もちろん音響的にとかテクスチャーとか、求めている物と人にとっての変化はあるんだけどさ、構造自体には大きな差異はないからね。何て言えばいいんだろうね……禅の世界に突入しちゃってるよね。本当にわかってるかどうかは不明だけど、「これわかるんだ、凄いね」っていう感じでさ、もう水墨画とかの世界に近づいてるよね(笑)。パッと見て聴いて、凄過ぎて衝撃を受ける、みたいなものではないよね。若い人が衝撃を受けるのは、この地味な曲でこんなに人が集まって盛り上がってる、というところだよね。基本的に水平飛行が大勢じゃない。DJもミックスも。ジャンルとかテイストは一応それぞれ違うんだけど。でもその中にそれぞれのトレンドと流れみたいなものは確実にある、という。

 

 

ーーあと、シーンには「リヴァイバル」という流れも定期的に起こってますからね。

 

瀧見憲司:そうだね、大体20年前のものがリヴァイバルするよね。ファッションとかと周期は似ているよね。

 

 

ーー確かにファッションもキーワードとしてピックアップされてる「〇〇年代」が、80年代、90年代って進んできてますよね。

 

瀧見憲司:いまは音感的には90年代後半ぐらいな感じだよね(笑)。音楽の方が2、3年早い。でも大枠で見ると、それは90年代前中半とあまり変わらないよね(笑)。

 

 

ーーでも僕みたいないま20代前半の世代からすると、歴史化された分だけ文脈とか背景が見え易くなったし、遡ってアクセスし易くなったっていうのはあるんですよね。人によってはその先のまだ整理されていない歴史まで深堀りしていってるんですけど、個人的な印象として多くの人は整理された歴史だけでお腹いっぱい満足しちゃってると思うんですよね。

 

瀧見憲司:データベースが膨大にあるから追い切れないっていうのはあるよね。レコードだけで追ってた時代とはわけが全然違うからさ、自分から能動的に掘るっていう作業をしていても、あり過ぎて追えないっていう弊害があるかなと思うよね。あと、簡単に過去にアクセスできるから、昔の名曲と言われているものを探したら数秒後には分かっちゃうっていうこともあるし。昔は、名曲を探すために人のところに聞きに行くか、レコード屋に行って自分で探すかしか無かったから、そこは今と全然違うよね。

 

 

ーーそういう時間をかけて探すのが普通だったからこそ、個人の精査する感覚も研ぎ澄まされていって、その当時の曲がリアルタイムに名曲と判断されていったんでしょうね。

 

瀧見憲司:そうなんだよね。あと、聴く前に幻想が生まれるんだよね。雑誌に記事やレコードの帯とかに「これが歴史を変えた一曲である」とか書いてあると、聴くまでに「どんな凄い曲なんだろう」っていう想像をしてさ。で、やっと探して実際に聴いてみると、「これ、凄いんだろうけど全然わからないな」とかってなるんだけど(笑)、「でも凄い事にしておこう」と(笑)。そういうのが結構多かったんだよね。

 

 

ーーそういう感覚っていま希薄になってるかもしれないですね。

 

瀧見憲司:なってるよね。最初から「これは名曲である」って言われると、もう名曲だと思って聴かなきゃいけない感じもあるしさ。

 

 

ーー例えば、いま世に出てる、ポテンシャルを持った曲でも、以前の名曲化されるまでの過程っていうのに乗れなくなっていると思いますし。ここ何年か真の名曲みたいなものって生まれていない気がするんですよね。

 

瀧見憲司:条件が変化しててさ、いまはそれが「再生回数が多い」とかになってくるんでしょ(笑)。でも過去の名曲やクラシックとされてる曲って、実際に売れた枚数と比例しているわけじゃないんだよね。

 

 

ーーもちろん時代とか世代によってものの見方の感覚が変わるのは当然なんですけど、再生回数とかアクセス数みたいな数字のデータに良し悪しの判断を委ねている感じってありますね。純粋に多くの人の感情を揺さぶったということで名曲になる現象って生まれにくくなっているのかなって思いますね。

 

瀧見憲司:やっぱり幻想が生まれないからね。「あそこでしか聴けない」とか、「あの時あそこで聴いたあれ凄かった」っていうのもさ、いまはその多くをネットやSNSで中継しちゃってるわけだからさ。

 

 

ーーネットを開いて探せばまたすぐに再生できたりもしますし、未発表曲とかでも見つかっちゃいますからね。その点はネットによって流通とか購入とかも遥かに簡単になりましたよね。シーンと向き合いながら無くなっていったレーベルとかもある一方で、Bandcampみたいなネットベースのものが生まれたりして、デジタルダウンロードのみにしたり、世界に向けてのリリースもし易くなりましたしね。

 

瀧見憲司:いまアーティストが個人でレーベル持ってるのが普通だもんね。それもここ20年でどんどんそうなっていった気がする。そういう人増えたよね。基本的には全員が世界に向かって開かれているわけなんだけどさ……(笑)。

 

 

ーーそういうシーンが実際にネットでも現場でも盛り上がっている中で、しっかりと地盤固めて成り立ったものもありますけど、レーベルが無くなったりジャンルが無くなったりっていう消費速度も速くなっていると感じていて、個人的には、そういうものを支えている骨が再生回数とかアクセス数とかっていう部分に空虚さを感じる側面もあるんですよね。

 

瀧見憲司:凌いでいくのは難しい部分があるよね。多分、今20代前半の松原君ぐらいの世代の人だったら、能動的に音楽を聴くようになってから、自分が夢中になって好きだったものが衰退していって、そこに代わるまた新しいものが出てくる、っていう流れの1回目か2回転目を経験してるって感じだよね。でも結局自分の中で残るものは残るんだよね。それこそリヴァイバルもするし。

 

 

ーーそうですね。ここ数年面白いなと思って聴いてるロウハウス界隈の音楽もどこかで変化したり、無くなって、10年後とか「クラブに朝まで残ってるのはキツいな~」とか自分が思い始める頃にまたクラブで聴くようになって、その頃にクラブに通い始める20代が〈L.I.E.S.〉とかをクラシックとして聴いて楽しむんだろうなって思うんですよね(笑)。

 

瀧見憲司:それ多分、15年後とか20年後なんじゃないかな(笑)。ロウハウスってガレージパンクみたいなものだよね、ノリとしては。

 

 

ーーリヴァイバルは正常な循環だと思ってるんですけど、それは儚さとかノスタルジーとかもどこかに伴っている時に言えることだと思っていて、今はどんどん循環速度が上がっているから、もうどんどん感傷的にもなれなくなってるんじゃないかなって思うんですよ。良くも悪くもインディーとメジャーのボーダーラインも薄くなっているような気もしますし、Kanye WestとかBeyonceが無名の若手をフックアップしてもリスナー側が感じている衝撃みたいなものって年々薄れていってるように思うんですよね。

 

瀧見憲司:昔はいわゆるメディアハイプがあったんだけど、メディアが作ってるハイプもブームもほとんど無いじゃない。作ってないわけじゃないんだけど、受け手側の方が強いし、寄せざるを得ない事になってるよね。持ち上げられて消えてくまでのサイクルも速くなってる感じもあるしさ。メディア自体が、感情の均質化したアクセスしてる人たちの総意を無理やり読もうみたいなってるよね。いまはハイプをアーティスト本人が作らなくてはいけないからさ。フックアップとかは昔からあったけど、Kanye Westがどんなに若手をフックアップしても、組み合わせとしては既に何となく読まれてたりするし。それこそKanye Westがドローンやって、灰野敬二をプロデューサーにしても、「So what…?」ぐらいの感じじゃない?

 

 

ーーそれはそれで、今度「灰野敬二って誰だ?」なる人がそれなりにいそうですけどね(笑)。

 

瀧見憲司:そこら辺に関してはクール・ハンティングの一種というかさ、そういうのをやり過ぎなんだよね。「クールだろう」と意識しすぎて色んなことをやり過ぎて、クールがインフレを起こしちゃってるわけだよね。行き過ぎたクール・マーケティングっていうかさ。そういうの多いよね。それ逆に全然クールじゃないと思うんだよね。

 

 

ーー仕掛ける側も、受け取る側もズレが生じちゃってるんですかね?

 

瀧見憲司:ズレてきているっていうか、素直に感動できないって感じだよね。だからその中での王道とされるものをやるのか、文脈の中で自分が納得するものをやっていくのかっていう。レコード屋の中にあるジャンルはどれもそういう感じだと思うんだよね、もう。これがどういう現象かはよくわからないんだけどさ、均質化の液状化っていうかさ、でもその中でもあからさまな順列とかカースト制とかもあるわけでさ、それはここ5年ぐらい感じるよね。特異なオリジナリティを出せば良いっていう感じでもないし、破天荒で今までの概念を超えたものを求めていたとしても、それを現場で聴きたい感じとかではないじゃない。

 

 

ーーそういう中でDJがブレークスルーしていくのは難しいですよね。

 

瀧見憲司:もはや限りなく様式美の中の世界なんだけど、様式美の中での更新をやっていかないと生き残れないんだけど、それが凄いわかりにくい時代になってるよね。ロックの文脈だと「破壊しろ!」なんだけどさ、クラブミュージックはそういう感じじゃないし、クラブミューシックを破壊する人なんていないよね、きっと。破壊されても困るっていう(笑)。ある程度決まったBPMの中で、どういう音で世界を作って、どういうDJをやるかって云う世界なんだけど。若いDJとかは最初の頃は1時間でガツンとやって「やりました!終わりました!」って感じで大丈夫だったのが、その持ち時間がだんだん延びて2時間とかになると、1時間越えた後の30分ぐらいで人が減ったりしちゃって、どうしたら良いのかと考えた先にBPMを一定に保って4つ打ちをやるみたいなことになっていくんだと思うんだよね。で、その難しさを知るという(笑)。

 

 

ーーでもBoiler Roomとかを見ていると、1時間とかセットはざらにありますし、1時間に満たないのもあったり、持ち時間が短くなってるみたいな状況もあって、その中で破天荒にはならずにいかに山場を作るかっていうのもある程度DJスタイルとしてフォーマット化している気がしていて。

 

瀧見憲司:見る側のことを考えるとどうしてもそうなっちゃうよね。そうなると重要なのは顔と動きでしょ、って感じだよね(笑)。あとは後ろでいかに可愛い女の子が踊ってるかとかでしょ(笑)。それは良いことも悪いこともあるけどね。でもBoiler Roomでの再生回数とかアクセスが一種の名刺代わりになってるところもあるもんね。そういうのが売れるとか売れないとかの目安になってるんだよね。

 

 

ーーDJシーンにおける明確なランキングとかだと、Dixonは3年連続で1位になっていますけど、別に彼のスタイルが毎年大きく変化しているわけではないですしね。でも格はどんどん上がってる。

 

瀧見憲司:その中でのマイナーチェンジだから。でもDixonは凄いのかけてるなって時あるよ。

 

 

ーー〈Innervisions〉の下にある流通とかやってる部門(「Muting The Noise」)も結構幅が広くて、ドイツだけじゃなくてベルギーとかウクライナも混じってきてるのはちょっと前から面白いんですよね。

 

瀧見憲司:東欧系は社会情勢が不安定なのと経済が上手く回ってないから、面白いのが出てくるんだよね。面白いものはやっぱりそういうところから出てくる。やることが少なかったり、出回ってて手に入るものが安物だったりするんだよね多分。ロウハウスとかもきっとそうなんだよね。昔で言うところの高校生がシンナーやってるみたいなものに近いっていうかさ(笑)。質は悪いんだけど、別にそれで良いんだよね。手に入れられた機材や環境がたまたまそういうロウな質感で、それで良いんだよね、そのコミュニティではそれが通用するから。ダンスミュージックは突き詰めればコミュニティの音楽だからさ。で、それが広がっていくという。

 

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ーー日本国内のコミュニティでは、EDMでもアンダーグラウンドに近いところでもDJが名を上げるのは難しいですよね。

 

瀧見憲司:でも、DJ産業って、リリースの売り上げとDJのギャラが正比例してないのが面白いと思ってて。レコードのプレスは500枚だけど、ギャラ100万って人普通にいたりしてさ、そこは結構産業構造として面白いと思うんだよね。リリースしてなくてDJだけをやってる人もいて、その人の方が逆に価値が高いみたいなこともあるしさ。まぁ、それも最近行き過ぎてるのと現地との需要供給バランスが崩れてるから、1つのギグのギャラが「え、それ年収じゃん」という笑えない話も多くて、泣いてるプロモーターや関係者も多いよね。夢があるんだか無いんだかわからないっていう。でも日本はその壁は相当高くて、純粋なDJだとますますやりにくくなっててっていう方向だよね。ちょっと前までは、オフィシャル・ミックスCDをリリースするっていうことがプロDJの基準にはなっていたけど、いまはもうミックスをSoundCloudとかで流して、その再生回数が多ければ良いじゃんとかってなってるわけだし。もちろんプロデュース作もDJもあってそのバランスが良い人がベストだけど、作品とDJはまた軸が別だからね。まぁ後は外貨を稼ぐという事で海外に出る、というパターンも最近多くなってきてるから、わからないけど、それで成り立ってるのか、というレベルの人は正直まだなかなかいないんじゃないのかな。フミヤ(Fumiya Tanaka)とかノブ(DJ Nobu)くらいじゃない。

 

 

ーークラブシーンに限らず、最近の社会の動きとかって普段から結構意識されてるんですか?

 

瀧見憲司:それは当然ある程度意識していないと生き残っていけないと思うよ。やってる事に分母があるでしょ。それを何にするのかという事だよね。DJに関しては、自分の場合はレコード屋に行くことで、適当に新譜を聴いて買って、いまはこういう感じの音が良いんだなとか、なんとなくこんな感じの音が多いなっていうのが、色々な周期やタイミングで全然違うものと繋がったりする事が多くて、それを現場で試す事で、その時だけのリアリティを感じる事ができる。それと、整理してないレコードの壁が無意識の集合知になってるのと、タイトルとかジャケットとかでも、それは確実に作った人の環境や想いが反映されてるから、そこから何かを読み取ろうとする事はできる。その蓄積で判断できてる事もあるかな。いまだに何も書いてない、アーティストが誰だかも、どこから来たのかもわからないけど良いと思ったレコードが、何年か後に出てくるアーティストだったりして、耳だけで判断してのが正しかったなっていうのはいまだに結構あるんだよね。それがあるから自分はまだやっていけるなって自信にもなってるんだよね。

 

それはもちろん、自分の聴いたことがない音楽だっていう意味では旧譜メインのDJにも言えることで、だからMUROくんが古くならないのはそういうことなんだよね。過去の音源でも聴いた事がなければ新譜だし新しく聴かせるのが技と芸というね。で、越えられない偉大な過去という話になると、例えばRobert Johnsonの影響が大きすぎて、「これこそがブルースだ!これだけが本物だ!」っていうみたいなブルース・ギタリストのDJ版みたいな人もいるわけで。そういう様式美の中でやって、それを追求する人もいるっていう。それはそれでマーケットもあるからさ。The Beatlesのカヴァーをパブでやってるみたいなさ、ロックだったらクラシックロックだけやってるカヴァーバンドとかに当たるわけだけど、それはそれで需要があったりもするからさ。

 

 

ーークラシックに需要がある中で、新しいものに対して敏感に飛びつく人って常に少ないですもんね。

 

瀧見憲司:でも自分も松原君ぐらいの年齢の時に、新譜のレコード聴きながら「他のやつら、何もわかってないな」って思ったりしてたからね。何の意味も理由もなく「別にお前らにはわからねぇだろうな」みたいなさ、それはそれで小さいコミュニティなんだけど、そういう濃いコミュニティがあったんだよね。世界に500~1000枚しかないレコードを買って聴いて、「これ良いな」って言い合える人が周りに5人ぐらいいれば良いよねって感じだけど、実は世界を見てみればそういう人が1000人いた、場合によっては5000人いた、みたいな世界なんだよね。自分としてはそれをずっとやってる感じで。だから自分が信頼出来るリスナーと繋がっていけば、教え合って、それで良いかなって思うんだよね。世界の色んな国に行くとそういう人たちって必ずどこにでも結構いて、そういうのを目の当たりにしてるから結構やっていけるなって思えてる。

 

あと、そういう能動的に音楽を聴いてるお客さんの身なりとかテイストが国とか地域ごとに違うのは結構面白いんだよね。去年、イタリアの、地図でいうと中央部の山の中の町に行ったんだけど、そこはローカル・レジェンドDJみたいな人が20年近くやってるパーティーで、ヴェニューはLIQUIDROOMぐらいある結構大きめのところで。週末だけ営業してて、その人のパーティーは月2回ぐらいなんだけど、23時にオープンして、24時にはもうお客さんが満員で。日本で言ったら、例えが合ってるどうかかわからないけど、長野県の町から離れた倉庫街にあるクラブみたいな感じなんだけど、そこに毎週1000~1500人の若者が集まってるみたいで、来てる人も本当に活きの良い若者が多くて、可愛い女の子と男の子がいて、年齢層も上から下まで幅広くて、本当にそこのクラブに行くことを楽しみにしてるって感じでさ。で、かかってる音楽は渋いハウスなんだよね。自分もそれでオーケーで。ゲストを挟んでレジデントが頭と締めをやって。聞いてみると、イタリアの中央部って昔からハウスが強いらしくて、イタロハウスの時から20~30年やってるみたいで。町には新譜が買えるレコード屋が2、3軒あったりするんだって。それは凄い面白いなと思ったね。そういう秘境がまだ世界中にいっぱいあるんだろうなって思って。

 

そのイタリアの現場はファッション誌の人が見たら結構びっくりすると思うような感じで、〈Armani〉のモデルの様な男が皆んなリーゼントで、50’s風のピタッとしてるシャツを着てるかと思えば、父ちゃんのデカいジャージ合わせてたりして、結果的に最近の「ストリート+モード」みたいになっててびっくりみたいな。女の子もポニーテールの娘も多かったんだけど、どこかシャープで現代的に見えたんだよね。最近のロシアン・ファッションとか、状況的にはそういうのと近いと言えば近いのかもね。凄いフォトジェニックで。でもそういう子がBPM120の普通のハウスで踊ってたりするんだよ(笑)。多分行くところが無いから来てるっていうのがあると思うんだけど、規模が違っても似たような現場って結構あると思うんだよね。ルーマニアン・ミニマルとかもそれに近いんだと思うよ。音源化されてるから伝わってるけど、音源化されてなかったらそれはそれで現場の音楽なわけでさ、あのヌメッとした終わらないグルーヴ感って現場にしかないものだと思うし。

 

 

ーー世界規模で見たら日本のクラブもまだ辺境に近い、独特で面白いカルチャーを持っている部分も恐らくありますよね。ファッションとかも独特な文化がありますし。そういう部分の整理やクロスオーヴァーも含めて、2020年のオリンピックで東京に世界中から人が集まるのに向けて、東京は東京で遊び場が増えたり整備されたりすると思うんですけど、クラブカルチャーもその中にありますよね。でも結局のところ、東京の、日本人の、特に若者がちゃんと遊ばないと意味が無いと思うんですよ。だから果たして、クラブのことだけで言っても、 そういう享楽的文化に敏感になって遊びに行く人口がちゃんと正比例して増えるのかが気になるんですよね。どうしたら無関心な層に興味を持ってもらえるのか、とか。

 

瀧見憲司:それはもう希望的観測しか無いよね(笑)。昔は単純にクラブの現場に行かなければ聴けない音楽があって、そこに行かなければ会えない人がいたっていうのは大きいなと思うよね。でも、そういう感じはここ最近戻ってきてるような気がするかな。あとさっきの幻想の話で言った ら、ベルリンのクラブが何で良いかっていうと、良い現場ほど、写真撮影禁止で、その中で何が起こってるかっていうのがクラブの現場に行かないとわからないっていうのは大きいよね。実際面白い現場ほどモバイル手にしてる人いないよね。そういうフィードバックはみんなある程度意識しているなって思うけどね、 「そこに行きました」っていうのをSNSに上げるために行くのもどうかって思うけどさ(笑)。でももういまのエンターテイメントの世界にはそういうのは不可欠になってるからね。送り手側からすると単純に宣伝の効果は正直大きいからね。

 

 

ーーそのバランスが良くない部分はありますよね。あの……、だいぶ横道に逸れた感じもありますけど(笑)、シーンの未来に向けて新しいパーティーをスタートするに当たって、昨今のクラブシーンを取り巻く様々な出来事をどのように感じてらっしゃるのかを伺ってきましたが、パーティーそのものは、いまお話ししてきたことのどういった延長にありますか?

 

瀧見憲司:かなりとっ散らかってやっと本題にきたね(笑)。で、どうしてこのパーティーを始めることにしたかというと、単純に良い話をもらったからっていうのがあるんだけど(笑)。いままでも幾つかこういう話はあったんだけど、今回の話は、メインのブッキングとか一緒にパーティーをやる人を決めていいって言われたのが大きかったね。自分が看板になって打ち出せるっていうので、メインフロアに関してはブッキングを決められるし。あとは、さっきからずっと話題になってる世代的な縦軸と音楽と人的な横軸を上手く繋げたいなっていうのがあって。いいパーティーは音楽の人とソーシャルの人が両方いるからね。世界中にはそういう現場がいっぱいあってさ、若い人も上の年齢の人も、テイストが違う人がいても馴染める現場っていうのがさ。そういうパーティーって、若いオーガナイザーとベテランの人が両方関わってるから良いんだよね。両方の世代がオーガナイザーで入ってるパーティーがいつも場の雰囲気が良いし楽しいんだよね。やる側が混ざってるパーティーは、お客さんも世代が混ざってるのよ。音が良いのは当然、色々な年代の人がクラブにいて、それが馴染んでる現場が良いかなと思ってて。最初は上手くいくかわからないけど、基本的には若いDJとかアーティストをピックアップしたいと思っていて。だから初来日のアーティストを結構オファーしてて、多めに実現させていきたいかな。詳しくは次回、もしくは現場で、という事で。

 

 

End of interview

 

 

 

 

Event information

 

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OwK
Date: 2016/9/3 (Sat)
Venue: Sankeys TYO
Open: 22:00
Door: ¥3500
W/ Flyer: ¥3000
Under23¥2500
Before 11:30PM: ¥2000

 

Line up:
[BASEMENT]
EDDIE C (Red Motorbike / CA)
TORNADO WALLACE (ESP Institute, BIS / AU)
KENJI TAKIMI (Crue-L, Being Borings)

 

[TAPROOM: vendor Lounge]
FRASER COOKE (MILD BUNCH)
DAISUKE GEMMA
YOPPI (HOMBRE NINO)
KYOHEI FUJIHASHI (BEAUTY&YOUTH)
TADAHIRO IMATANI (HOTEL NEW TOKYO)
RYOSUKE FUKUNAGA (TNP)
SAM FITZGERALD (TNP | ONIGIRI DISCOTHÈQUE)
TSUYOSHI HATAKEYAMA (VENDOR)

 

More info: Sankeys TYO
BF Hikawa Bldg., 2-11, Sarugaku-cho, Shibuya-ku, Tokyo
03 6455 3260

www.sankeystokyo.info
Sankeys ASIA Ltd. 03 6452 5252

 

FB page: https://www.facebook.com/events/832365706864963/

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