地方のクラブミュージック・シーンの魅力として、本当に音が好きな人が集まっていること、非常に熱心であること、といった話を聞くことが多いのだが、今、北海道・札幌のシーンでは 『そこで生まれる音がある』 という唯一無二の魅力が表出して存在している。札幌まで行かずとも、全国各地のパーティーやフェスティバルで THA BLUE HARB、Koss aka. Kuniyuki を筆頭とした北海道発のアーティストのギグを通し、そのうねりを体験した方も多いはずだ。
現在、札幌を拠点として活動している DJ / プロデューサー Naohito Uchiyama は、2002年に THA BLUE HARB RECORDINGS からリリースしたデビューアルバムをきっかけに、ディープハウス / エレクトロニカ的な音像で語られる高クオリティのプロダクションと、ライブの両面から徐々に知られていった、真の実力派といえるアーティストだ。今回はそのクリエイションの背景にあるもの、注目の集まる北海道のシーンについて語ってもらった。
Interview & Introduction : Yuki Murai (HigherFrequency)
HRFQ : 御祖父様が尺八奏者で、日本音楽に囲まれて育ったとプロフィールにありましたが、 そこからの音楽的な変遷や、エレクトロニック・ミュージックとの出会いについて教えてください。
N.U (Naohito Uchiyama) : 5才の時、親戚のお兄さんに聴かせてもらった曲名もアーティスト名もわからない電子音楽に非常に興味を持ちました。 後に知ったのですが、それが最初に出会ったエレクトロニックミュージック、Y.M.O でした。 当時はまだレコードを買いに行ける年頃では無かったので、自分で 'ライディーン' のメロディーを歌ってテープレコーダーで録音して聴いたりしてました。 今考えるとおかしな行動だったと思いますが(笑) それから小学生の頃に Michael Jackson に魅了されてロックや R&B にも興味を持ち始めましたね。今に至る上でやはり決定的だったのは、Aphex Twin の "I Care Because You Do" と "Selected Ambient Works 2" です。
HRFQ : DJはいつごろから始められたのでしょうか。また、楽曲制作はいつごろからされているのでしょうか。
N.U : いわゆるターンテーブルでDJを初めて経験したのはわりと遅くて 1994年頃、NY帰りの先輩が経営していた店でハウスなどのレコードをかけて遊んでたのが最初です。 といってもその頃は制作に集中していたので、本格的にDJを始めるようになるのはそれからまた3〜4年後の事です。元々は Mac でDJをやっていましたが、その頃は今のようなヴァイナルコントローラーなどが無く、操作性に難があったため徐々にレコードをプレイするようになりましたね。 エレクトロニックミュージックの制作にのめり込んで行ったのは 1993年頃からです。 それ以前からロックバンドでギターやベースなどをプレイしていて、そこから徐々にソロでエレクトロニクスを導入して制作するようになっていきました。
HRFQ : 和太鼓の経験があるとのことですが、それが楽曲づくりに反映されていると感じることはありますか?
N.U : 和太鼓を習っていた頃は5〜6才のころで、それはある家庭的事情で中断せざるを得なくて、その後本格的に楽器を始めた当初は和太鼓の流れからドラマーを志望していました。それも結局経済的理由からギターに持ち変わる訳ですが、それもあってリズムトラックのグルーヴにはこだわりが強いですね。 楽曲においてはやっぱり日本人特有のセンスやグルーヴを常に意識しています。 小学生の頃には独学でダンスもやっていたのでそれも相まって、おもわず踊りたくなるようなグルーヴが特に好きです。
HRFQ : 制作にはどのような機材を使っていますか? また、ライブセットの際に使用している機材は?
N.U : 制作に使用する機材はハードウェアを多く使います。 シンセサイザー、サンプラー、ドラムマシン、ギターなどの楽器をアナログミキサーを通して Mac にインストールした Logic に落とし込んで加工しています。 ライブセットでは以前まではハードウェアのシンセやドラムマシンと Mac でやっていましたが、近年は結局一人で扱える最低限のセットに落ち着いています。以前に一度やりましたが今後はライブでもギターを弾く事を考えています。 あと気の合うメンバーに出会えれば、3人くらいでのライブユニットを組みたいとも考えていますね。
HRFQ : Uchiyama さんの楽曲には独特の透明感や空間の広がりを感じます。 あればで構わないのですが、楽曲を作る際のインスピレーションはどういったものでしょうか?
N.U : 生まれ育った自然環境が根底に強くあるので、子供の頃によく遊んだ山や川、北海道の澄んだ空気と空からは大きな力を貰っていると思います。 僕が生まれ育った街は札幌から車で4時間離れた道東の帯広というところですが、 子供の頃はよく遠くに見える山脈の向こう側から音楽が聴こえるような体験をしていました。これは科学的に言えば幻聴という考え方になるのかもしれませんが、今でもその頃の感覚は大切な創作の源になっています。 特定のシーンや流行、アーティストからの音楽的影響は少ないと思いますが、やはり祖父がよく演奏していた尺八の奥深い音の世界からは多大な影響を、というより僕の音楽的な血肉と言えると思います。
HRFQ : 活動拠点の札幌、北海道のシーンについてお聞きします。 独自の傾向などはあったりしますか?
N.U : 首都圏から離れている事からか、トレンド的なものとは縁遠いため、特にアンダーグラウンドのアーティストが独自の世界を保持していると思います。 ただ、さほど日本の他の都市とはかけ離れた独自の傾向があるとは感じませんし、OKI さんや Kuniyuki さん、THA BLUE HARB のような個性が存在する事は確かですが、それに伴ったシーンが存在するという事は無いように思います。 それだけに、それぞれのアーティストがジャンルの垣根なしに交流を持っているところが、札幌の傾向なのかもしれません。
HRFQ : ブログ の記事を拝見したのですが、札幌周辺では「以前よりレイヴが減ってきた」…と書かれていましたね。 実は最近、Uchiyama さんも出演されていた Magic Camp や、芸術の森で開催された Magical Parade 等、北海道のパーティー情報を聞くことが増えていたので、 札幌周辺の野外パーティーは逆に増えているように感じていました。以前の状況からどんな変化があったのでしょうか?
N.U : まず、Magical Camp は所謂レイヴの定義に入らない野外音楽イヴェントだと思っています。 ぼくが野外パーティーに頻繁に参加するようになったのは 97年頃、当時は口コミで音楽好きが集まって山奥や湖で自分たちで作った音響システムを運んで行う、本当にアンダーグラウンドなレイヴが夏になれば毎週開かれていました。 それらは規模的には東京まで情報が届くようなものではありませんでしたが、いわばレイヴ元年的なパワーに満ちたものでした。 現在ではコマーシャルな内容のイヴェントは増えたかもしれませんが、真の意味でレイヴのヴァイヴを感じられるものはほとんどないように思います。 僕らがレイヴで遊んでいた頃は、周りにそれが無いから自分らで創ったという事で、その後の世代はすでにいくつか遊ぶ場所があるのであえて自分らでやろうとはしないという傾向かも知れません。ですがやっぱり、その中にきっと不満が存在するはずで、それを見つけ出して新しい事をやろうとする行動を起こしてほしいと思いますね。 あとは全体的に音で遊ぶ場所がバーやカフェなどの小さな場所へと移っている気がします。
HRFQ : 現在、これまで複数回来札している James Holden と Border Community クルー、 つい先日来札した Sven Weisemann や Donato Dozzy、そして今月末の Lawrence と、 質の高い海外アーティストをコンスタントに招聘できている理由はどこにあると思いますか?また、その状況についてどう思われますか?
N.U : 理由は様々あると思いますが、招聘できている理由としては、日本のアーティストやDJ、そしてオーガナイザーが努力して知名度を上げてきた事が聴衆や海外アーティストに認められ、それが集客に繋がってきている事が現存するイヴェントを支えているのではないかと思います。 海外のアーティストが多く来日する状況自体は良い事だと思います。 ただ、パーティー自体がそれだけに依存してしまっていると、海外ゲストのパーティーにのみ客がつくという悪循環が発生して、国内のアーティストが育つ土壌が培われないのではと感じます。 それだとオーガナイザーの真の力量も強化されないままだと思いますし、日本はただの市場に過ぎず、文化の根底からの強化も成されないのではと思います。 重要なのは、海外ゲストを迎えた際にスタイルやトレンドに影響を受けるのではなく、それを感じ客観的に見て、自分として日本人アーティストとして何をやるべきかを考えて新たな作品を産み出す事だと思います。
HRFQ : 昨年11月には SYNAPSE のコンピレーションも発売されましたが、Uchiyama さん、Koss さんなど国内外で活躍されている方も多く、改めてシーンの力、盛り上がりを感じました。 Uchiyama さん周辺のアーティストで今後要注目の方がいたら教えてください。
N.U : Qodibop というバンドです。最近の彼らのジャズを独自解釈したようなサウンドには注目しています。今回のコンピで一曲共作した Birdcage も最近精力的にリリースしていますね。 あとは、音楽家ではありませんが 白鳥絵美 という画家がいます、SYNAPSE のフライヤーやCDジャケットデザインも手がける彼女ですが、今後 Border Community のいくつかの作品のジャケットを担当するそうです。 彼女の空間を描いているかのような作風は独自の感性を感じます。 アーティストに限らず、流行やシーンに屈しない強さを持った、独自の感覚で物事を解釈している人が好きですね。
HRFQ : 上記のような状況もあり、道外から札幌のクラブへ遊びに行きたいと思っている人も増えていると思います。 有名な Precious Hall 以外にも、おすすめの場所(小規模なヴェニュー等)などありましたら教えていただけますでしょうか。
N.U : 道外から札幌のクラブへ行きたいと思っている人が増えているとしたら、それはとても素晴らしい事ですし、この上なく喜ばしい事です。 個人的にたまに遊びにいくパーティーや DJ Bar などはありますが、 僕が自信を持ってお薦めできる場所はやっぱり Precious Hall, Fillmore North 以外にありません。 Fillmore North は Precious Hall プロデュースの、Precious Hall が2フロアあった以前の姿に戻ったようなクラブです。 この二つはあらゆる面において高いレベルにあります。
HRFQ : 昨年、一昨年と日本全国を回るライブツアーをされていますが、今年も予定はありますか?
N.U : 今年は今のところ予定はありませんが、いくつかリリースの予定があるので、その折にはまたいくつかの都市に行く機会があれば嬉しいと思っています。
HRFQ : 今後、日本国内でも他の都市や、海外などに活動拠点を移されるような予定はありますか?
N.U : はい。僕はこだわって札幌に定住というのは考えておらず、既存の状況を壊して新たな方向に進む事は良い事だと思いますし、他の都市へ出向き改めて自分のルーツを振り返る行動をとってみる事も重要だと感じるので、東京や海外にも拠点を置いて挑戦したいと思っています。これは最近特に多くの人に薦められるので、なにかそのタイミングがやってきているのかも知れません。
HRFQ : 今後のリリース予定について、お伝えいただける範囲で構いませんので教えていただけますか?
N.U : まず、これはデジタルリリースのみですが近日中に札幌の Undertone という新興レーベルより2つの E.P がリリースされます。 それからはベルリンの某レーベルやその他いくつかのレーベルよりオファーを頂いてるので、それらに向けて制作中です。 今後もより新しい要素を持った作品を発表すべく、日々研究し常に挑戦していきます。
End of the interview
【Naohito Uchiyama Gig Schedule】
2010/2/26 (Fri) PROVO presents "SYNAPSE" feat.lawrence @ Precious Hall, Sapporo
2010/3/4 (Thu) @ Plastic Theatre , Sapporo
関連リンク
Naohito Uchiyama Official Site
PROVO / SYNAPSE Official Site