テクノという単一のジャンルのみならず、現在のエレクトロニック・ミュージック全体の礎を築いたと言っても過言ではないドイツが生んだ最重要バンド Kraftwek。その黄金期を支えた中心メンバーの一人 Karl Bartos が、アメリカのスニーカー・ブランド K-Swiss 主催のイベント K-Sounds に出演するため DJ として来日した。
今回のインタビューでは、目前に控えた DJ プレイについてはもちろん、気になる現在の活動や、独自の音楽観についても話を聞かせてくれた Karl Bartos。非常に明晰でありながら、音楽への厚い信頼と愛情に溢れた語り口からは、彼の音楽に対する探究心と情熱が未だに尽きていないことを窺い知ることができた。
> Interview : Nick Lawrence (HigherFrequency) _ Translation & Introduction : Yoshiharu Kobayashi (HigherFrequency)
Karl Bartos : さて、何の話から聞きたいんだい?
Higher Frequency (HRFQ) : 全部ですよ!
Karl Bartos : オーケー、質問を始めてよ。
HRFQ : あなたの現在の活動について知っている人は少ないのではないかと思います。未だに Karl Bartos を30年前と同じイメージで捉えている人も多いでしょう。そこで、まずは現在のあなたの活動について教えてもらえますか?
Karl Bartos : 今は Berlin University of the Arts での仕事が僕の生活の中心を占めているんだ。その仕事を始めたのは、3年前にその大学で新しく始まるコースの Sound Studies で教えてくれないかと打診されたのがきっかけでね。それは4月から始まるコースだったんだけど、そのコースを教えることで僕はベルリンの中心にエレクトロニック・スタジオを作るチャンスを得たわけだから、本当に興奮してしまったよ。でも、もう既にコースの開始を待ってもらっているような状態でもあったから、僕は夏期授業のスケジュールまで立てたんだけど、それは結構骨の折れる仕事だったね。もちろん僕はまだスタジオに入ってプレイするミュージシャンではあるよ。でも、こういった機会を持つことで僕も新しい物の見方を得ることができるんじゃないかって思ったんだ。というのも、このコースは音楽ではなくて音そのものがテーマになっているからね。人間にとって大事なサウンドとは何か、ということについて勉強するんだ。
HRFQ : あなたは Audiovision といった音と映像の融合を試みたグループでも活動していましたよね?
Karl Bartos : そうだね。僕の一番の関心はもちろんポップ・ミュージックにあるけど、音と映像の融合にも興味を持っているんだ。今は、デンマークで開催される映画祭でやるレクチャーの準備をしているよ。普通は、映画を観ているときに何を聴いていたかなんて覚えていないものだよね。みんな観ることに集中しているからさ。僕たちは目の前で起きていることを目で見るわけだから、目こそが僕たちにとって一番大事なパーツだというのは明らかだよね。
これは、映画を見に行ったときにも言えることさ。でも、僕たちは目に入ってくるものに集中している一方で、耳から聞こえてくるものにも影響されているんだ。もし、あるシーンを見ているときに BGM だけが変わったら、そのシーンの意味は完全に違うものになってしまうはずだよ。こういった視覚と聴覚の相互作用が、僕は面白いと思うんだ。どのようにしてこの二つの臓器が一緒に働いて、互いに影響しあっているかということがね。
HRFQ : あなたが受けた音楽的な影響について訊かせてください。あなたはどんな人や物事に最も影響を受けてきましたか?
Karl Bartos : どうやって僕が音楽を受け止めているかということだよね?難しい質問だな…。君はコードってものを知っているかい?コード自体は何の意味も持たないし、メロディについても同じことが言えるよね。メロディは結局のところメロディでしかなくて、何か意味を持ったものではないんだ。もし何かの絵を書いてみたら、そこには自分なりの物の見方が加わるけど、メロディやコードではそういったことは起きない。音楽の面白いところは、突き詰めていけば数学的なものであるということなんだ。結局のところ周波数の積み重ねでしかないのだからね。でも、不思議なのは、そんな純粋に数学的であるものが、感情へと変化していくということなんだ。一体どうしてそんなことが起こるんだろう?驚くしかないよね。これこそが音楽の不思議な力でさ…、僕はどうにかしてこれを説明しようと努力しているんだ。これって僕たちみんなが経験的に知っていることなのに、誰もその理由は分かっていないんだよ。ある意味、数学的な計算の上に成り立っているものが、どうして感情へと変化するのか。これこそが僕を音楽へと向かわせるものであって、この不思議な力があるからこそ僕も人々の心に触れる音楽を作ることが出来るんだと思っているよ。僕はそういった力をずっと使っているけど、どうしてそれが起こるのかは分かっていないんだ。もうひとつ、音楽はコミュニケーションの道具としての役割もあるよね。音楽を通して人の心に触れるのはとても簡単なことなのさ。
HRFQ : これほど長い間活動を続けながらも、どうやって人の心に届く音楽を作り続けることができるのですか?
Karl Bartos : 別に意図してやっていることではないんだよ。そういったことはまだ学校に通っているような幼いころに始まることでさ。僕の場合は、それが音楽だったというだけなんだ。僕の場合は音楽が得意で、それに夢中になっていったというだけだよ。それと、音楽にはどこかセクシャルなところがあると思うんだ。音楽は人々の感情に呼びかけて、その心にまで届く。でも、音楽の特性というのは本当に奥深いものだから、見過ごされることもよくあるんだよね。Nietzsche みたいなことを言うつもりはないんだけど、音楽は僕たちを救うんだ。音楽無しの世界なんて想像できるかい?退屈に決まってるさ。
HRFQ : 今は音楽一般についてのお話を伺いましたが、今度は '99年から続けている DJ 活動について教えてください。なぜあなたは DJ を始めるようになったのですか?
Karl Bartos : 僕はミュージシャンであって、さっきも言った通り、今は教授でもあるんだ。それに僕は、やろうと思えば6、7人のメンバーと一緒に素晴らしいライブ・パフォーマンスをすることだってできる。でも、そんな大所帯で旅して回るのはコストがかかり過ぎてしまうんだ。僕がロンドンや、ストックホルム、イタリアへと飛行機で旅して回っているときに、機材の方は車で運ばれて来るんだよ。僕は時々アメリカにも行くし、南アメリカに行くこともたまにはあるんだけど、そんな大変な旅を沢山の機材を持ち運びながらするのは本当に苦痛だね。そういった意味では、DJ というのはちょうどいい妥協案だったんだ。今は CD ではなくてラップトップに音楽を詰めて行うプロジェクトをしているわけだから、750kg もの機材を持って旅するより遥かに楽だしね。沢山の荷物を持って、大きなフェスティバルや沢山のライブを次々にこなすのは本当に大変なんだ。
HRFQ : '70、'80年代にはムーグ・シンセサイザーをよく使っていましたよね?
Karl Bartos : 今でもムーグは使っているよ。僕はたくさんのコンピューターを使っているし、どんなものでも集めてしまうんだ。だから、僕の家には年代物のアナログの機材やコンピューターが溢れているよ。初めて買ったコンピューターは IBM XT だったんだけど、当時それは 6000 ユーロもしたんだ。今考えてみると、高過ぎだね。
HRFQ : 以前、あなたは Kraftwerk がエレクトロニック・ミュージックに及ぼした影響は過大評価されることがあると仰っていましたよね。それでは、一体何がエレクトロニック・ミュージックに一番大きな影響を及ぼしたのだと思いますか?
Karl Bartos : 1877年に、Edison という男が蓄音機を発明した。彼が何をしたか君は知っているかい?Thomas Alva Edison だよ。彼は音を自然の中にある他の要素から切り離したんだ。それ以前は、音というものはそれを生み出すものと常に関連付けられていたんだよ。でも、それからというもの、音は時間と空間から切り離されたんだ。それ以降は、Edison の発明より大きな変化というのは起こっていないね。エレクトロニック・ミュージックにとってはコンピューターの二進法も大事だけど、蓄音機の発明こそが今の音楽に最も大きな影響を与えた要素だと思うんだ。
HRFQ : 今の音楽は昔ほど進化していないとお考えですか?音楽は停滞してしまったのでしょうか?
Karl Bartos : 誰もが音楽の未来について訊いてくるけど、僕に言えるのはこれだけさ。君はアナログの電話を使っていた頃のことを覚えているかい?今は、デジタルの電話を僕たちは使っているけど、それで伝えるメッセージが変わったと思う?全然変わっていないよ。確かに僕たちの文化は電子機器の進化によって変わっていくけど、その変化には時間が掛かるものなんだ。そういった変化が一番最近起こったのは、Gutenberg が活字印刷機を発明したときのことだよ。彼の発明は、僕たちの文化に新しいメディアのシステムを持ち込んだんだ。そのおかげで誰もが本を読めるようになって、最終的には僕たちの文化の機能を変えたのさ。だって、誰もが印刷された文字を読めるようになったんだからね。そして20世紀初頭には、テレグラフという新しいメディアが僕たちの世界にやってきた。テレグラフは僕たちの情報の受け取り方を変えたよね。情報は光速で簡単に送ることが出来るようになって、写真というものも発明された。写真は自然を再定義したのだから、僕たちはまた別の現実を手にしたと言えるね。再利用された現実だよ。そしてそれらが一緒になって、つまり情報の電子化と情報の映像化が一緒になって、僕たちに情報に対する新しい信仰をもたらしたんだ。僕の一番の関心事の一つは、どうやってこのような電子技術が僕たちの文化の中身を変えていくのかということなんだ。もちろん、その変化には時間がかかるけどね。
HRFQ : ということは、音楽が変化を遂げるのにはまだ時間がかかるということですか??
Karl Bartos : ある意味、もう変わっているんだと思うよ。僕たちは文字中心の文化にいたけど、今は映像中心の文化にいるのだからね。音楽にだって同じことが言えるはずさ。音楽は '80〜'90年代にかけて、MTV を通して映像化されていったよね。それで、ある意味、音楽を制作するための資金は映像を作る資金へと流れていったんだ。つまり、音楽は二の次になったというわけさ。イメージというものが本当に重要になって、今はみんな後ろで流れている音楽をただ聴き流しているだけなんだ。
HRFQ : そういった状況で、音楽に希望はあるのでしょうか?
Karl Bartos : 音楽というのは僕たちの魂にまで響いてくるのだから、本当に強靭なものだよ。でも、それ自体が音楽の質に影響を与えると言うわけではないと思うんだ。もしテレビにセクシーな映像が映し出されていたら、それはただの金目的でしかないよ。それは不快なものだけど、そこから逃げ出すことも出来ないんだ。どうしてみんな Mozart の '魔笛' を今でも聴いているのだと思う?どうしてこの曲はこんなに高いクオリティを持っているのだろう?それは突き詰めていくと、音の要素ひとつひとつが持つクオリティの高さへと辿り着くと思うんだ。
HRFQ : 今の音楽に、Mozart の '魔笛' ほどの力があるものは存在するのでしょうか?
Karl Bartos : そういった音楽はいつだってあるものだし、決して消えはしないんだ。ただ、それは嘘偽りのない気持ちでつくられたものでないといけないね。よく言われることだけど、ある一つスタイルやムーヴメントに取り組むのは、それはそれでいいことかもしれないけど、いつまでも続くと考えてはいけないということさ。
HRFQ :さて、DJ の時間が迫ってまいりましたが、今日は一体どんなセットを披露してくれるのでしょうか?
Karl Bartos : 今のところ僕の最新作である "Communication" から何曲かプレイするよ。それに、'The Robots' や 'Trans Europe Express' といったみんなが安心して楽しめるような曲もかけるし、友達がつくったエレクトロ・チューンもいくつかプレイするつもりさ。例えば、New Order の Bernard Sumner の曲を一つかけるし、LFO の曲も何曲かプレイするだろうね。そう、だから僕がかける曲はどれも僕と何かしらの関係がある曲ということになるね。
HRFQ : 今はどうやって新しい音楽を見つけているのですか?
Karl Bartos : 今、僕は音楽を聴かないんだ。僕が聴いているのは音なんだよ。誰だって目を閉じることは出来るけど、耳を閉じることは出来ないよね。本当は、この世界に静寂なんてものはないのさ。僕は音楽を愛しているし、前も言ったように音楽は僕たちを救ってくれると信じているよ。でも、音そのものだって本当に興味深いものなんだ。もし音を意識して、音や騒音から何かを発見しようとしたら、それは凄いものなんだって分かると思うよ。
End of the interview
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