「アルバムをリリースするのって、まるで自分の子供を狼の群れの中に放り込むような気分なんだよ。スタジオでの楽しい作業を終えたら、後はみんながその作品や僕自身について色々言ってくるのに耐えなきゃいけないんだから。それに、厳しいことを言ってくるのは、なにもジャーナリストだけではないんだ。ジャーナリストほど批評的なことは言ってこないけど、ファンだって厳しいものさ。中には本当に悪魔みたいなことを言う人だっているんだから」
肌寒い冬のロンドンのルーフトップ・バーでこのように語る Gary Numan は、各方面から絶賛を受けた前作 "Pure" 以上の自信作であるという "Jugged" について、ユーモアたっぷりに語ってくれた。
「このニュー・アルバムが完成するのに5年もかかってしまったのは、"Pure" の評価が余りに高かったからなんだ。こんなにいいレビューをたくさん書いてもらったことなんてなかったから、僕も嬉しくてその余韻に浸ってしまったんだよ。そうしたら、いつの間にかこんなに時間が経ってしまっていたというわけさ」
そんな謙遜交じりの冗談を飛ばす Gary であるが、実際はそのキャリアのスタートから人々の厚い支持を受け続けているのだ。世界で最初のシンセ・ポップのスターとして、'Are Friends Electric?' で全英1位を獲得。続いて、'Cars' が世界中で何百万枚も売り上げる大ヒットとなったことで、彼は '80年代初期に活躍したグリッターなアーティストたちの象徴的な存在となる。その一方で、フェラーリのレーシング・チームのスポンサーになったり、自家用飛行機を所有したりと派手な金の使い方をして、メディアからは "どうしようもない見栄っ張り" とのレッテルを貼られてしまうこともあった。
それから25年の時が経った今、ヒップホップのパイオニア Afrika Bambattaa から テクノの革命児 Derrick May や Juan Atkins にまで影響を与えてきた彼は、ダンス・ミュージック創世記の牽引者として認識されている。更には先ほど自身でも言っていたように、彼は思わず「悪魔」と呼んでしまいたくなるほどの熱狂的なファンも抱えているのだ。このように誰もが羨むようなキャリアを積んできて、新作には周囲の騒音など耳に入らないほどの自信を持っているという彼だが、実は傷つきやすい性格であるのだという。
「一時期、ソングライティングに全く自信が持てないことがあったんだ。一年くらいの間、曲を書いては消してということを繰り返して、結局ひとつも残して置けなかったくらいさ」
「本当に気が滅入っていて、それまで書き進めていたものを全部消してしまったりもしてたよ。でも、それでまた気が滅入ってしまって、余計にどうしようもない気分になってしまうんだ。僕みたいに基本的に一人で仕事を進めなくてはいけない人間にとっては、こういった袋小路は本当に危険なものだと思うよ」
「今みたいに影響力のあるアーティストとしてみんなに認識されてる方が、僕はよっぽど気が楽だし、自分のやっていることに自信が持てるんだ。今までこんなに自分に自信を持てたことはなかったね。でも、実は今だって自信満々というわけではないんだよ。多分そんな風になることなんて一生無いんだろうな。僕は本当に自己懐疑的な人間だからね」
今作では、ノッティンガムに拠点を置くイギリスのテクノ・スター Ade Fenton をプロデューサーに迎え、ほぼ全ての曲でプロデュースを任せている。
「Ade との作業は素晴らしいものだったね。僕が上手く行ってないなと思っているときでも、彼は、"悪くないよ。じゃあ、もう一回やってみようか" と言ってくれるんだ。彼は本当に前向きで、エゴの衝突も無かったね」
「実際は彼もプレッシャーを感じていたと思うよ。だって、彼はこれまでアルバムのプロデュースなんてやったことがなかったし、僕の昔からのファンでもあったみたいだからね。それでプレシャーを感じるなという方が無理と言うものだろ。その点はちょっと可哀相ではあったけど、僕も思い通りのレコードが作りたかったから、彼にプロデュースを頼むことにしたんだ。幾つかのトラックは、僕の期待を遥かに超えたとんでもなく素晴らしいものに仕上げてもらったよ。それに僕たちは相性がよかったから、仕事の進み方も速かったんだ。アルバムの出来には本当に満足しているよ」
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以下は対談形式でのインタビューの模様をお伝えする
(Translation by Yoshiharu Kobayashi)
Skrufff (Jonty Skrufff) : あなたはニュー・アルバムの制作に何年もかかっていたのに、Ade をプロデュースに迎えてからは、たったの3ヶ月で仕上げてしまったらしいですね。なぜ彼と組んでからはこんなに速く進んだのですか?
Gary : 最初はこれまで一緒に仕事をしたことのあるプロデューサーとやっていたんだけど、彼らは他の仕事も幾つか抱えていてね。仕事の進み具合を見ると、だらだらとして、いつまで経っても終らなそうに思えたんだよ。そこで Ade のことを思い出したんだ。僕は彼が自分のアルバムを作っているのを見たことがあるんだけど、彼はちょっとしたアイデアを膨らませて素晴らしい音楽に仕上げるのが本当に上手くてね。その様子を見て感心した僕は、彼に白羽の矢を立てたというわけさ。「ここに僕の書いた曲があるから、どんな感じに仕上げられるかやってみてよ。もしそれが二人の気に入る出来になったら、一緒にやってみないか」という感じで依頼してみたんだよ。
彼の仕事ぶりは本当に素晴らしかったね。しかも、やればやるほどよくなっていったから、最初の頃に仕上げた曲に戻ってもう一回やり直してみたんだ。別に他のプロデューサーが駄目だったと言うわけではないんだよ。だって、僕も目指す音を自分だけで探そうとして、彼らと方向性について話し合うこともなかったんだからさ。でも、 Ade と仕事を始めた瞬間に「これだ!こういう音が欲しかったんだ」というのが見えたんだよね。それからというもの、気持ちいいくらいに曲作りが進んでいったんだ。
Skrufff : それまでに他のプロデューサーと手掛けていた曲も Ade と作り直したのですか?
Gary : ああ、Ade が手掛けたものと他のプロデューサーが手掛けたものとの間には、歴然の差があったからね。彼にはアルバムを一から作り直してもらえるようにお願いしたんだ。だから、僕たちは11月までに仕上げなくてはいけないアルバムを、8、9月くらいから作り始めることになってしまったんだよ。これまで何年もだらだらと作っていたんだけど、いきなり全てを仕上げることになったというわけさ。しかも、僕はニュー・アルバム用の曲をたくさん用意していたのに、それらは一切使わないで、新しい曲をどんどん作っていくことにしたんだ。
Skrufff : あなたは常にいい曲が書けていると思いますか?
Gary : いいや。どうしてもいい曲ができなくて拷問みたいなときもあるよ。大体そういうのは自分に自信が無いときなんだけどね。でも、朝起きてリラックスした状態で曲を書こうとすると、"今日中には何かいい曲が書けそうだな" という楽観的な気持ちに戻ることができるんだ。何もかもが新鮮だと感じていた若い頃にだって、そんな風に考えたことは無かったんだけどね。何も僕は自分が最高の曲を書いてるから、みんなが気に入らないはずがないと言いたいわけではないんだ。僕は、自分が気に入る曲を書くように心がけているだけなんだよ。まずそこをクリアできなければ仕方ないからね。
Skrufff : ニュー・アルバムの曲には、'80年代初期のあなたを思い起こさせる曲がありますが…。
Gary : Ade も同じことを言っていたよ。他にもたくさんの人が新作と昔の作品の関係性について言及しているのも知っているよ。でも、曲自体が似てると言う人はいなくて、新作と昔の作品との間には何かつながりがあるように感じると言う人が多いみたいだけどね。僕にとってはあまりに身近過ぎることで、距離を置いて客観的に見ることができないから、自分ではよくわからないけど。でも、推測するに、アルバムを作るときの姿勢が当時と今で近いからではないかな。当時の僕は、自分の作品の隅から隅まで好きだった。自分に自信が持てない部分も無くはなかったけど、音楽を作るのが楽しくて仕方なかったし、バンドにいることも、アルバムを作ることも、音楽業界にいることも、全てが楽しくて仕方なかったんだ。なんだか今もまた同じような気分になってきてるんだよね。どんどん曲ができるし、曲作り自体も楽しくて仕方がないんだ。おそらく、そんな姿勢が音に出てきているんじゃないかな。僕自身にはわからないけど、他の人はそれを感じ取ってそう言ってるんだと思うよ。
Skrufff : 今でも全てのレビューに目を通すのですか?
Gary : いや、一つも読まないね。事前に「このレビューにはいいことが書いてありますよ」と知らせて家まで郵送してくれるのなら話は別だけどさ。そうでなければ、読んでもいいことないだろ。僕は立ち直りが早い方だと思うけど、最初から落ち込まないようにするのも一つの手だからね。
Skrufff : 有名な話ですが、あなたは人気絶頂だった '81年に自家用飛行機で世界一周をしていたら、燃料切れになってインドに不時着し、スパイとして逮捕されてしまいましたよね。このときのことを話してもらえますか?本当にスパイとして拘留されてしまったのですか?
Gary : いや、それはなかったよ。でも、僕と相棒のパイロットは家宅侵入罪という名目で一旦身柄を拘束されてしまったんだよね。僕たちは昔ホテルだったところに入れられたんだけど、そこは住み込みで働いているロシア人の一家でいっぱいだったんだ。なんともみすぼらしかったよ。ついさっきまで僕は友達と世界中を自家用飛行機で飛び回っていたと言うのにさ。それに本当のことを言うと、彼は友達というほど仲良くなかったんだよ。でも、彼はプロで、僕は一人で世界一周ができる技術も資格も持っていなかったから一緒に旅をしていたんだ。僕たちはインドからタイに向かって飛んでいたんだけど、インド洋を横断しているときにエンジンが故障してね。仕方なく旋回して、インドのどこか知らない飛行場に不時着したんだ。本当に怖かったから、無事に着陸できたときは安心したよ。でも、本当の悪夢はそれから始まったのさ。気がついたら兵隊に囲まれていて、「なんでお前たちはここにいるんだ?」と凄まれたんだ。
Skrufff : 彼らはあなたが Gary Numan だとわかっていたのでしょうかね?
Gary : 彼らが「お前たちは何をしているんだ?」と聞いてきたから、「いや、ちょっとした冒険さ」と答えたんだ。「僕はプロの歌手だから、これで宣伝が出来るんだよ。色々な土地に降り立って、そこの人々と話すのがアルバムのプロモーションになるんだ。ほら、みんなが僕に旅行のことを聞いてくるだろ。そこで僕は "実はアルバムが近々発売になるんだけど…" って切り出すんだ。ありきたりのワールド・ツアーをするよりも、よっぽど面白いと思わないかい?」と説明したんだよ。実際、当時も今も僕はライブをするのがそんなに好きではないしね。そしたら、その将校が「お前が本当にイギリスから来たスターなら、お前が載ってる雑誌があるはずだろう?」と聞いてきたんだ。まるで僕が自分が載った雑誌の切抜きをファイルして持ち歩いてるみたいな言い草じゃないか。だから、僕は「誰でもいいからイギリス人に電話してみなよ。Gary Numanという人を知ってますかと聞けば、ほとんどの人が知っていると答えるはずだよ」と言い返してやったのさ。
Skrufff : その時点では、まだ自分が逮捕されるという実感がなかったみたいですね。
Gary : 最初は少しけんか腰で対応していたんだよ。というのも、まだその時は自分が置かれている状況を理解できていなかったし、その将校のことも物分りの悪い奴だと思っていたくらいだからね。それに、向こうも強気に出てきたから、僕もちょっと突っ張ってしまったんだ。でも、彼らが銃を持っているのを見つけてしまってからは流石に観念して、大人しく4日間も拘留されていたというわけさ。しかも夜中の2時になると、彼らったら銃を持って飛び込んできて、「お前らはここで何をしているんだ?」と怒鳴り散らすんだよ。結局、彼らはそれまで僕が一生懸命話したことを、全く信じてはいなかったということさ。
Skrufff : イギリス大使館に連絡しようとは思わなかったのですか?
Gary : 僕は一本だけ電話をかけることを許されたから、デリーにあるイギリス領時間に電話したんだ。電話に出たのは、マクレガーという名前の女性だったな。今でも忘れないよ。僕は彼女に状況を説明したんだけど、「ここからでは遠すぎるので、残念ながら私たちにはどうしようもありません」と言って切られたんだ。信じられなかったよ。電話を切ったんだぜ。我らが大英帝国は僕たち忠実な国民を守ってくれるんじゃなかったのかよ!パスポートにもこう書いてあるよ。 "このパスポートの所有者は、いかなるときも国からの庇護を受ける権利を有する" とね。全く何か悪い冗談かと思ったよ。もうズタボロにされた気分さ。僕は、我が母国イギリスがこの危機から救ってくれるという甘い幻想を抱いていたんだ。でも、実際はどこだかよく知らない土地で武装した軍隊に囲まれて入国管理所に放り込まれたまま、ほっぽりぱなしさ。最初はただもう辛いだけだったけど、それがだんだんと恐怖に変わってきてね。もうすっかり意気消沈だよ。だって、もう自分では手に負えない状況で、完全に一人ぼっちにされてしまったのだからね。
Skrufff : 結局どういうふうに逃げ出すことができたのですか?
Gary : 銃で武装した軍隊の車に前後を挟まれた状態ではあったけど、一日に一度、僕たちは街で一台しかないテレックスを使うために外出を許されていたんだ。細かい状況は覚えていないんだけど、ある日僕の電話を国際電話のオペレーターが偶然受信して聞いていたんだよね。僕が電話で話していたら、突然そのオペレーターが割り込んできてこう言ったんだ。「待って、電話を切らないでください。こちらは交換局です。この回線を他の誰かに繋ぐことができます。誰か話したい人はいますか?」そこで、僕は父に繋いでもらって、事情を全て話したんだ。まったく、このオペレーターには感謝しても感謝しきれないね。父は新聞社に片っ端から電話をしたらしいよ。そうしたら The Daily Star が「Gary Numan をインドから救い出そう」というキャンペーンを張って、僕をサポートしてくれたんだ。そこでようやく外務省も動き出して、僕たちも突然解放されるに至ったというわけさ。なにせパスポートまで没収されていたんだから、本当に怖かったんだ。それにしても、あいつらったら最初はとんでもなく怖い態度でいたくせに、事情がわかった途端、これまで会ったことも無いほどいい人たちにコロッっと変わってしまったんだ。全く調子がいいよ。
Skrufff : 保守党の新しい党首に David Cameron が就きましたが、あなたは今後もトーリー党に投票しますか?
Gary Numan : いや、しないね。でも、それは保守党の党首が替わったからではないよ。僕はずっと Michael Howard が嫌いだったけど、最後の方は少し見直したところもあったんだ。僕がトーリー党の熱心な支持者だって言われてるのは知ってるけど、それは事実ではないね。だって僕は、前回も前々回もトーリー党には投票しなかったんだよ。 本当のことを言うと、先日の選挙では誰にも投票しなかったんだ。誰が一番の嘘つきなのか分からなかったからさ。Tony Blair には心底がっかりさせられたけど、彼の代わりに首相を務めるのに相応しい人がいないのも分かるんだ。そういった状況全てに失望してるよ。ただ 総理大臣になりたいという野望を持っている人ばかりで、世の中を良くしたいと望んでいる人はいないんだからね。でも、僕はそんなに政治的な人間でもないから、こんな質問をしても面白い答えは返ってこないと思うよ。たまには政治がどうなっているのか興味が湧くことがあるけど、その度に本当に国のことを考えてる人はいないんだと気付いて失望してしまうんだよね。
End of the interview
Gary Numan のニュー・アルバム "jagged" は、 Moratol Recordsより発売中。
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