Luciano、Ricardo Villalobos、そして Cristian Vogel… この3人の名前は、クラブ・ミュージック・ファンにとってすっかりお馴染みの存在と言えるが、実はその彼らが幼少の頃、ピノチェト独裁政権下にあった母国のチリを脱出し、家族と共にヨーロッパへと渡った後にそれぞれアーティストとして成功を収めるに至ったという事実はあまり知られていない。過酷な環境が才能を生むのか、あるいは、単なる偶然がなせる業なのか…… しかし、この3人が他のアーティストと比べても格段に革新的なスピリッツを兼ね備え、常に何かに飢えたような貪欲さで新しいサウンドを追求してきたことを考えると、やはり彼らが少年期に経験した厳しい現実が、それぞれの音楽的なバックボーンに何らかの大きな影響を与えてきたことは間違いないと言えるだろう。
そして、その中でも「革新性」という面において、最も際立った個性をギラギラと発揮し続けてきたのが、この Cristian Vogel というアーティスト。ダークで歪んだテクノ・サウンドを中心に、時には「排他的」とも思えるアプローチで孤高の美学を追求してきた、テクノ・シーン随一のミュージック・ピュリストである。そんな Cristian が、6月3日に代官山 UNIT で行われた Tresor Series 02 に出演するために来日。開演前のひと時に行われた HigherFrequency とのインタビューで、今までのキャリアのこと、実験的と言われるそのセットのこと、それから7月にリリースされるニュー・アルバム"Station 55" のことなどについて話を聞かせてくれた。
> Interview & Photo : Mark Oxley (HigherFrequency) _ Translation & Introduction : H.Nakamura (HigherFrequency)
HigherFrequency (以下HRFQ) : 今回が初めての来日ではないですよね?
Cristian : 違うね。今まで5回くらいは来たかな。
HRFQ : 日本はどうですか?
Cristian : 毎回違った経験が出来るし、楽しんでいるよ。ホテルはいつも一緒だけどね(笑)。
HRFQ : いつもアジア・ツアーの一環として来るんですか?それとも単発?
Cristian : 時々うまいこと日程が組めることもあって、以前はニュージーランド、オーストラリアそして日本をグルっと回る太平洋ツアーをやったこともあるんだ。でも、今回は今日の公演だけだね。
HRFQ : と言うことは、2日間だけしか滞在しないってことですか?
Cristian : 着いたのは今朝で、日曜の朝にはもう出発さ。
HRFQ : 今日が金曜ですから…。驚きですね。
Cristian : いかに「備えておく」ってことが大切かってことさ。しかも、今はニュー・アルバムのプロモーションで忙しくて、やることもたくさんある中で、こうやって日本に来ているわけだからね。
HRFQ : あなたのトラックを何曲か聴いていて思ったのですが、サウンド的にはダークで実験的な香りのするテクノですよね。DJをする時も、音楽制作の時と同じようなアプローチで臨まれるのですか?それとも全く違った感じなのですか?
Cristian : まず最初に言っておかないといけないのは、僕は本来プロデューサーであって、元々はライブ・パフォーマンスを中心に活動していたってこと。でも、90年代の初めの頃って、ライブ・アーティストはクソみたいな扱いしか受けていなかったでしょ。機材はボロボロにされるし、ストレスも溜まるし…。だからDJをやることにしたんだ。で、それ以来11年間、ノンストップでDJ活動をやってきたってわけ。だから、DJについて言うと、常にオーディエンスに対してオープンかつ敏感でないといけないと思うね。
HRFQ : 「実験的」という観点ではどうですか?
Cristian : う〜ん、そうだなぁ…。オーディエンスからそういったヴァイブを感じた時には、もの凄く実験的で排他的になることもあるね。で、それがうまくいかない時には、何とか一体感を出せるようにトライすることもあるけど、逆にみんながフロアから離れていってしまって、「何となくぎこちない感じのセットだったな」と思われてしまうこともある。でも、普段はあまりそういったことはやらないよ。実験的なことをいつもトライしているDJも中にはいるけど、僕はみんなに楽しい時間を過ごしてもらいたいと思ってるし、音楽的な高揚体験というものこそが、自分が伝えたいものだからね。勿論、そのためにはある程度のルールをぶち壊すこともあるさ。でも、それは、ルールを壊そうが捻じ曲げようが、オーディエンスがキチンと付いてくるということが前提なんだ。プッシュしてプッシュして、さらにプッシュしてブレイクさせる…そしてオーディエンスからは「ウォーーーー」という大歓声が上がる…この瞬間こそが僕にとって一番幸せな時なんだ。
HRFQ : その時はきっとスゴイんでしょうね。
Cristian : あぁ、かなりヤバイね。でも、最近またシンセやリズム・マシーンとかの機材をステージに並べて、ライブ的な要素も取り込みながらDJをやるようになったんだ。
HRFQ : 昔やっていたような感じですか?
Cristian : うん、前にやっていたのは随分前のことだけどね。ただ、最近の機材は随分と頑丈になったから、また始めることにしたんだ。
HRFQ : いつも自分で持ち運んでいるんですか?
Cristian : うん。いつもバッグとスーツケースに入れて運んでいるよ。でも、そういったライブ機材を使ったDJセットというのは、言ってみればジャズみたいなもので、いわゆるインプロビゼーションの世界なんだよね。オーディエンスからフィードバックを受け取り、それに反応して更に何かを返していく…。そんな感じなんだ。
HRFQ : あなたのことをあまり良く知らない日本のファンのために、簡単に今までのキャリアについて教えて頂いてもいいですか?
Cristian : もし日本のファンが僕に興味があって、1週間かけて僕のことを調べたいって言うんだったら、まず僕が今までに制作してきたアナログをチェックすると良いと思う。あるいは、少なくともアルバム全部をね。どの作品にも、その当時に使うことが出来たテクノロジーを最大限に活かして、自分の考えや信念、それに哲学といったものが記録されているし、そもそも日記をつけるみたいな感覚でアルバムを制作してきたから、僕自身も時々昔を振り返っては、「その頃に何が起こっていたかなぁ」なんて思い出すこともあるくらいなんだ。あと、これは何も僕に限らずどのアーティストにも言えることだと思うけど、ファースト・アルバムと最新作を聴いて、その内容を互いに比べてみるとスゴク面白いんじゃないかな。そうだなぁ…他には僕のライブやDJの音源を聴くと良いかもね。運が良ければ、僕の音源を集めている人がネットに公開しているのを見つけられると思うよ。93年や95年、それに最近のライブ音源なんかが出回っているらしいから。
HRFQ : ご自分でネットにアップしたりはしないんですか?
Cristian : いや、僕自身はやらないんだけど、僕のライブ音源とかを切手みたいな感じで集めている人たちがいるらしいんだ。
HRFQ : あなたが元々受けた影響とはどんなものでしたか?また、その後活動を続けてこれたモチベーションとは?
Cristian : 最初のころ受けていた影響については、随分昔のことだから余りよく覚えていない。でも、僕がここまで続けてこられたのは、純粋なスピリッツと、テクノ・ミュージックの周りに存在する素晴らしいコミュニティーのお陰だと言えるだろうね。僕は人に会うのがスゴク好きな人間で、最初は若い人たちがやって来て、彼らと知り合いになる。そして、数年後に彼らは僕の前から居なくなるんだけど、僕は相変らず同じ場所に居て、更に数年後、今度は彼らにとって弟分や妹分にあたるような人たちと出会うことになる…。いろんな人がやって来たり、去っていったりするんだけど、僕はいつでもそこにいる…… 僕はそんなクラブ・カルチャーやそのコミュニティーが持つ「温もり」といったものが大好きで、だから、いつも実験的でヘビーでダークなものにチャレンジしているのかもしれない。だって、流行に左右されるようなサウンドに集まる人たちって、僅かの間だけそれに群がって、一旦それが終わると二度と現れないって感じでしょ。だから、僕にとって実験的なサウンドをプレイすることは、素晴らしい人に出会うためのキーでもあるんだ。
HRFQ : 今までずっとテクノをプレイしてきたとおっしゃいましたが、いろんなウエブや雑誌を読むと、一時期のイギリスではテクノが明らかに他のジャンルに遅れを取っていたことがあって、お客さんの数も随分と少なかったこともあるようですが、その当時はどんな風に感じていましたか?
Cristian : どんな風に感じていたか…。そうだね、「この国から出てバルセロナへ移住しよう。そこから全てが始まるんだ」と思ったよ。で、実際にイギリスを離れることにしたってわけ。テクノに対する反応が悪かったからというのもあったけど、それ以上に90年代の中ごろのダンス・シーンが完全にメディアによって支配されていたのがイヤだったという理由があったのは確かだね。当時は、ほとんど圧政が敷かれているような状態で、みんな考え方を押し付けられていたって感じ。それに、政治的にもスゴク良くないなぁと思っていたから、それ以上我慢できなくなって、イギリスを離れるしかなくなってしまったんだ。
HRFQ : ところで Novamute からニューアルバム"Station 55"をリリースすることになっていると思いますが、どんな感じのアルバムになりそうですか?
Cristian : この"Station 55"は僕にとって10枚目のアルバムなんだ。僕がメンバーとして参加している Super Collider 名義であと2枚アルバムを出しているけど、ソロとしては10枚目ということになる。よく「ブレイクした1枚目、困難な2枚目、手詰まり気味の3枚目」なんて言われるけど、何と言っても10枚目だからね。ただ、最近では他のバンドのプロデュースに関わったりする機会が多くなっていたから、正直自分のソロ・アルバムを制作するのは難しいと感じていたんだ。だって自分の作品の場合には、ゼロからアイデアを考えたりサウンドを組み立てたりしないといけないし、おまけに詞や曲を書いたり、はたまたミックスしたりもしないといけないでしょ。それが余りに大変だったものだから、結局は自分が尊敬するアーティストや仲の良い連中に声をかけて 「ねぇ、ニューアルバムを制作するのを手伝ってくれないかな」 と頼むことにしたんだ。「曲でも詞でもアイデアでも写真でも、何でもいいからこのプロジェクトに貢献してくれ」って感じでね。だから、このアルバムの半分くらいはコラボレーションによるもので、全体の雰囲気的には「テクノ・アルバム」といった感じじゃないものに仕上がっているはずだよ。ただ、テクノは僕が出てきたフィールドでもあるし、勿論その要素が全くないわけじゃないし、テクノを否定しようとも思っていない。だから、より進化したテクノって言うべきかな。
HRFQ : 以前の作品とは随分違った感じですか?
Cristian : 違うボーカリストをフィーチャーしているし、曲の構成自体も違うから、以前の作品とは違って聴こえるだろうね。でも、もし僕のデビュー作品と最新のアルバムを聴き比べても、それほどの違いは感じられないはず。まぁ、みんなの判断に任せるよ。
このアルバムのリリースは6月の末で、正確に言うと日本では7月の頭に出ることになっているんだけど、あわせて12インチのアナログも切ることになっている。この曲はアナログでしか発売されないから、いつもパソコンに向かってばかりの人は、コンピューターから離れてお店にいかないと手に入れられないよ。あと、このアナログは、ちょっとしたアルバムのBサイド・コレクションみたいなもので、2曲入りでリミックスとかは入っていない。アルバムの持っている世界観をオールド・ファッションなやり方で表現した作品なんだ。
HRFQ : 他の人にリミックスを頼まないというのは、これからのポリシーになりそうですか?
Cristian : 多分ね。アルバムをつくるときには、いつも何曲かはその作品にフィットしない曲が出てくるものでしょ。だからそういった曲を集めてBサイド・コレクションをやるっていうアイデアは面白いと思うんだ。ちなみに、このアナログは Mute Records のオンライン・ショップからもオーダー出来ると思うよ。
HRFQ : ところで Rise Robots Rise Records についてですが、このレーベルは Super Collider プロジェクトのためだけに存在しているのでしょうか?
Cristian : いや、あれはどちらかと言うとアルバム用のプロジェクトで、ちょっとオルタナなことを試すためのレーベルだったんだ。ところが、ヨーロッパ最大のディストリビューターである EFA が1年半くらいまでに突然倒産してしまって、Rise Robots Rise は何とかその連鎖倒産をまぬがれたんだけど、おかげで在庫が全部戻ってきてしまってね。だから今でもその在庫を販売はしているんだけど、新譜を制作するのを中断せざるを得なかったんだ。あの倒産事件は何の前触れもなく起こったから、本当にたくさんの重要なレーベルが連鎖倒産してしまったと思うよ。
HRFQ : Super Collider は今後どうなるんですか?
Cristian : Super Collider に関して言うと、僕は僕、Jamie (Lidell) は Jamie って感じ。Jamie はソウル・ミュージック系の方向に走っていってしまったし、僕はちょうど今やっているようなサウンドに向かっているし、全くお互い逆方向に進んでいる感じだからね。だから、しばらくは二人で一緒に何かやるってことはないと思うよ。もちろん、大勢の人が Super Coillider の楽曲をもっと聴きたいと思っていることは知っているけど、Jamie はベルリンに拠点を置いているし、僕はバルセロナでしょ。だから、しばらくは何も起きないと思うよ。ただ、昔つくった曲が何曲かあるから、それを作品にして出そうという話はあるけどね。
HRFQ : 今日はお時間を頂きありがとうございました!
End of the interview
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