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”"DON'T FORGET TO GO HOME"” _ 2010.06.08

Thomas Melchior / Melchior Productions Ltd.

by kohei

Thomas Melchiorというトラックメイカーは、あきらかに「引くこと」を基準にして音楽を創っている。

 

ここで言う「引く」とは、一個の楽曲を構成する音の要素を減算していくということ。とりわけミニマルなテクノにおいては、トラックを構成する音数が少ないことはべつにめずらしいことでもなんでもなくて、たとえばRichie HawtinがPlastikman名義のもと90年代を通じてやってきたことなんかは、「少ない音数でどこまで最大のグルーヴをひねり出せるか」という実験(つまりミニマイズ・トゥ・マキシマイズ、ということね)にほかならないものだったはずだし、Daniel BellがDBX名義でやってきたこともほぼ同様の試みだったと言える。

 

ミニマルなトラックを創っていく過程において、ただ音数が少ないトラックを創るだけならそれはきわめて簡単な作業だといっていい。プリセットのドラムキットでもサンプルでもなんでもいいんだけど、4/4のキックに裏打ちのハイハット、2拍4拍のスネアといった記号的なシークエンスに適当なサンプルを置いて、それを数小節ループさせれば「なんとなくそれらしい」ものはほんの数分で出来てしまう。だけど、そうやって出来たものはだいたいつまらないし、そもそもループさせて聴くにも堪えない。

 

じゃあ、そういった「ただ音数が少ないだけのつまらないトラック」と、そうではないトラックの違いはいったい何なのか。突き詰めていくと、結局はグルーヴがあるかないかという違いに行き着くんだけど、それではあまりにもアブストラクトかつどこか論理の省略めいたものがあるのでもうちょっと踏み込んで、ソリッドに考えてみよう。

 

Thomas Melchiorに限って言うと、彼はトラックの構成要素をストリップダウンしていく過程で、「削っていく作業において、最終的になにを残すか」ということを考えているはずだ。いや、もしかすると彼の場合は音を削っていくというよりは、同時により純度の高い何かを抽出していっているというほうが表現としてより正しいかもしれないんだけど、例えば彼が2008年にリリースしたアルバム「NO DISCO FUTURE」を聴けばほぼ骨組みまでミニマル化されたハウス・ミュージックのグルーヴとスピリットが非常に高い純度で抽出されている様がたちどころにわかるはずだ。ここで言うスピリットということばは「官能」ということばに置き換えてみたほうが伝わりやすいかな。つまり、ハウス・ミュージックが華美な音楽的装飾を身につけていく過程のなかでこぼれ落としていった、ある種プリミティヴなセクシーさからくる蠱惑的な感覚のことだ。そうした感覚は本来のハウス・ミュージック(例えば90年代初期までのシカゴ・ハウス。Ron TrentやChez Damierといった人々)が持ち合わせていたものだったと思うんだけど、90年代中盤以降にハウスの音楽構造がフォーミュラ化されていくなかで少しづつ失われていったものでもあった。現代のプロデューサーで言うとKDJことMoodymannはそうしたハウス本来の官能だとか淫靡性といったものをブラック・ミュージックの文脈上で捉えて、そのまま薄めずダイレクトに提示しようとしてると言えると思うんだけど、Thomas Melchiorはよりモダナイズされたアプローチでもって同様の感覚の痕跡をそのトラックに埋め込もうといているんじゃないか、とも思える。もちろん、両者が向いているパースペクティヴはまったく異なるんだけど、じつはその根っこにあるスピリットにはそう決定的な違いはないのかもしれない。

 

Thomas Melchiorのインタビュー記事はweb上だと驚くほど参考文献が少なくて、その中でもデトロイトのLittle White Earbudsが行なったインタビュー(2008年、Perlonからの名盤「No Disco Future」リリース時期に行なわれたもの)は非常に充実した読みごたえのある内容なので、興味を持たれた方は拙文と併せて是非読んでみてほしいところ。

 

http://www.littlewhiteearbuds.com/interview/lwe-interviews-thomas-melchior/

 

このインタビューの中で、Thomasはキャリアの早い段階でエレクトロニック・ミュージックにおける「シークエンス」というアイデアに魅せられたことを明かしている。つまり、決められたグリッドにサウンドのパーツをひとつづつ置いていって、それをひと繋がりのシークエンスとして走らせるときに生まれる、ある種ヒプノティックでタイトな感覚だ。彼がディケイを極力短めにした、タイトなキックやハイハットなどを多くのトラックで好んで使うのも納得できるというものだけど、その反面、120bpm前後でそうしたタイトなシークエンスを組んでいくと、自然とトラック全体の印象は点描的なものになる。つまり、音が鳴っていない隙間をどうしても意識せざるを得ない。こうした「隙間の鳴らし方」というものをThomas Melchiorというトラックメイカーは実に的確に捉えているし、その隙間こそが彼が抽出しようとしている官能というべき感覚がすべり込む空間なんじゃないだろうかと思っている。

 

Thomasがスタジオでトラックを創るときの環境について、ひとつ実に興味深いことがあるので、それについても書いておきたい。彼はループなり一個の音色なりを作り込んでいく際、モニターのヴォリュームは極力絞ってチェックするらしい。これはおそらく、ヴォリュームを絞ることで意識を集中し研ぎ澄ませた状態でサウンドの輪郭をモニターするという意図があってのことだろうと想像できる。もちろん、そうした方法でサウンドをチェックするには前提としてそれ相応の解像度の高さを持ち合わせたモニタースピーカーがあってこそだろうけど、彼のような繊細なトラックを創る場合、無闇にラウドなヴォリュームで鳴らすよりもこうしたやり方のほうがたしかに理にかなっているし、なによりその独自のアプローチがおもしろい。

 

この6月には、東京と大阪で行なわれるCHAOSでふたたびThomas Melchiorがライブで登場します。彼のレコードはどれも素晴らしいものばかりだけど、ライブもとにかく素晴らしいので是非クラブに足を運んで体験してみてもらいと思っています。

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翻訳/DJ/ライター。京都在住。op.discのレーベル立ち上げ当初から現在に至るまでプレスリリースのテキスト執筆に携わるほか、アーティストのバイオグラフィ・関連パーティのためのテキストなども手掛ける。また、国内盤アルバムライナーノーツなども数多く担当し、最近リリースされたものでは、Jens Zimmermann [C30]、Ark [ARKPOCALYPSE NOW]などが発売中。

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